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韓国の「Kー半導体戦略」をあなどってはいけない、これだけの理由=服部毅
韓国が「K―半導体戦略」策定 人材育成から取り組む本気度=服部毅
韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領は5月に世界最強の半導体国家を目指す「K─半導体戦略」を発表した。韓国は、既に世界一の「メモリー強国」だが、「システム半導体」でも世界一を目指す「総合半導体強国」の実現に向けた戦略である。国家を挙げて半導体産業の振興に長期計画で取り組む韓国の姿勢に、日本が学ぶべきことは少なくない。
システム半導体とは、システムLSI(複数の機能を統合した集積回路)の自主開発・設計・製造やファウンドリー(受託生産)サービスなど非メモリー事業全般を指す韓国独特の表現だ。実は、これは既に過去に発表していた戦略の最新版であり、少しずつではあるが芽が出始めている。今回の「K─半導体戦略」の背景を過去にさかのぼってみてみよう。
韓国産業通商資源部(日本の経済産業省に相当)は2010年代半ば以降、何度も韓国大手半導体メーカーの経営者たちを呼び、非メモリー半導体事業の強化を求めていた。その背景には、メモリー分野で韓国が競争力を失うのではないかという強い危機感がある。韓国勢はサムスン電子をはじめ、メモリー分野で圧倒的なシェアを誇っているが、中国が官製ファンドを通じた巨額投資などによって激しく追い上げている。
かつての日本がそうであったように、韓国半導体産業もメモリーの成功体験からは簡単には抜け出せない。10年には、先端メモリー開発一筋で日本勢に恐れられていたサムスン電子の副社長兼フェローが、非メモリー部門のファウンドリー工場長へ人事異動となったことを悩んで自殺した。韓国で非メモリーが主流と扱われていなかったことを象徴する。
サムスン電子はやっと重い腰を上げ、19年にはシステム半導体強化のため、30年までに総額133兆ウォン(約12兆円)の投資を行う長期計画「システム半導体ビジョン2030」を発表した。その宣言式に出席した文大統領は、「メモリー分野で世界1位を維持しながら、30年までにシステムLSIのファウンドリー分野で世界1位、ファブレス(製造設備を持たず回路設計に特化)分野で世界シェア10%を達成し、総合半導体強国を目指す」と宣言した。
ファブレスに焦点
国・地域別のIDM(設計と製造を行う垂直統合半導体メーカー)およびファブレスメーカーの世界市場シェアを見ると、韓国政府の問題意識がより鮮明に分かる。韓国はサムスン電子などの存在感が大きく、IDMでは米国に次いでシェアが高い(図1)。しかしファブレスのシェアは日本や欧州と並んで1%程度しかない。水平分業が進む半導体業界では、製造をファウンドリーに任せ、設計に投資を集中できるファブレスの成長率は高い。
ファブレスは、クアルコムやブロードコムといった企業を擁する米国に集中しているが、台湾でもメディアテックやノバテックといった企業が成長し、中国でもファーウェイの子会社ハイシリコンなど多数が存在する。
韓国政府は19年から、システム半導体強化戦略として、ファブレス支援と需要創出、半導体産業のエコシステム(共生生態系)の構築、人材育成・雇用創出、次世代技術開発を重点的に支援に乗り出した。さらには、各大学でシステム半導体設計に特化した教育課程を設け、ファブレスで即戦力になる人材育成も進めている。
人材育成では、延世(ヨンセ)大学と高麗(コリョ)大学で21年、システム半導体の契約学科を新設し、今後全国へ展開していくことを決めた。契約学科とは、企業が必要とする人材を育成するために企業と大学が契約を結ぶ仕組みで、入学の時点で卒業後の雇用を保証し、学費などを企業が援助する。延世大学と高麗大学の契約学科では、新卒採用の定員外で両大学の卒業生をそれぞれサムスン電子が毎年50人、韓国SKハイニックスが30人採用するという。
韓国ではサムスン電子など大企業に就職するのは相当な狭き門だが、卒業後も大企業への就職が見込めるのであれば、優秀な学生が相当程度集まると見込まれる。実際、サムスン電子が出資する成均館(ソンギュングァン)大学では、以前から半導体システム工学科という名の契約学科が存在しており、競争率は25倍を超えている。
日本の研究者の嘆き
サムスン電子がメモリーに固執して動きが鈍かったのに対し、韓国の大学は米国の大学を目標とし、非メモリー強化を地道に進めてきた。図2は半導体回路技術の最先端の研究成果を発表する国際学会「VLSI回路シンポジウム」における各国・地域の発表件数を示している。ここでの採択論文はほとんどが大学からだが、韓国は17年から急増しており、これまでの取り組みが成果を結びつつある。韓国政府も、大学の半導体関連学科定員の拡大や、10年間で3万6000人の半導体人材育成などを掲げ、大学をさらに支援する。
加えて韓国ファブレスメーカーの活動も活発化してきた。通信キャリアSKテレコムは20年、独自にデータセンター向けAI(人工知能)半導体チップを開発。ライバルLGグループも21年、次世代WiFi技術を活用した「車載用WiFi 6Eモジュール」を開発した。また、ファブレスのテレチップスは21年、独自開発の自動車用32ビットマイコンを発売しており、3社とも世界へ向けて販売すると意気込む。
その一方、VLSI回路シンポジウムの発表件数を見ても、長期凋落(ちょうらく)を続けているのが日本だ。半導体研究が専門の東京大学教授の竹内健氏は「ここ10年ほど、半導体分野では研究資金を確保できない。就職先として半導体は受けが悪いため、学生も専攻とするのを避けている」と嘆く。半導体は非注目分野として研究助成金の配分が絞られてきた。また、国内半導体産業の衰退で魅力的な就職先ではなくなっている。半導体関係の授業は日本人ではなく、中国人留学生ばかりが目立つという。
経済産業省は今年6月、日本の半導体産業の強化に向けて、「半導体・デジタル産業戦略」を取りまとめた。微細化する先端半導体製造技術の共同開発や生産能力確保などを盛り込んだが、長期的な視点に立った肝心の人材やファブレスベンチャーの育成については取り上げていない。その場しのぎではない長期的な国家戦略が求められている。
(服部毅、服部コンサルティング・インターナショナル代表)