西海岸からニューヨークに相次ぎ進出 アマゾン、グーグルがオフィス増床を計画する納得の理由とは=百嶋徹
働き方 コロナ後のオフィス アマゾン、グーグルが増床計画 引き出したい従業員の創造性=百嶋徹
コロナ後のオフィスのあり方を考える際のヒントは、人間社会そのものにある。ゴリラ研究の第一人者で、京都大学前総長山極寿一氏は「移動、接触を通じて人間同士の信頼感や共感が醸成され、それは仮想空間でのコミュニケーションツールでは代替できない」との考えを述べている。
ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、生後間もなく旧東独に移住した生い立ちから、「移動・接触の自由が人間社会のあり方にとって極めて重要であり、政治の力で安易に制限してはならない」との考えのもと、コロナ対策への理解と協力を国民に呼びかけた。
人間はリアルな場に集い直接のコミュニケーションを交わしながら信頼関係を醸成し、共鳴・協働して画期的なアイデアやイノベーションを生むことで社会を豊かにしてきた。このことは、変えようとしても変わらない人間の本性に根差した人間社会本来のあり方だ。
イノベーション創出には、仮想空間でのやり取りだけでは限界があり、リアルな場での濃密な対面コミュニケーションが欠かせない。企業文化の象徴として従業員の帰属意識を高める場でもあるメインオフィス(本社など本拠となるオフィス)の機能は、在宅勤務などのテレワークでは代替できない。逆にメインオフィスで醸成される従業員間の信頼感は、テレワークの円滑な運用に欠かせない。
GAFAは積極投資
このメインオフィスの重要性を熟知し、それを使いこなしてきたのが、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)など米国の巨大ハイテク企業だ。従業員の創造性を最大限に引き出し、イノベーション創出につなげていくために、大規模な本社施設(キャンパス)をクリエーティブオフィスとして構えてきた。
そして、アマゾンとグーグルは、コロナ禍の中で、あえて米国内でのオフィス増床を続行するとの表明を相次いで行った。アマゾンは2020年8月、全米6都市で14億ドル(1540億円)超を投じて技術開発拠点とコーポレートオフィスを約8・4万平方メートル拡張し、3500人の高度技術人材・コーポレート人材を新規雇用すると発表した。この計画の中でニューヨーク・マンハッタンが全体の6~7割を占める突出したプロジェクトとなっている(表1)。
昨年経営破綻した老舗百貨店の旗艦店だったニューヨーク5番街のビルを取得済みで、これをオフィスに転用する。アマゾンは17年にシアトルに続く第2本社の建設計画を発表し、翌年にニューヨークとバージニア州アーリントンに二つの新本社を設置することを決めたが、ニューヨークの計画は地元の反対などで19年に断念していた。マンハッタンには、GAFAなどハイテク企業が優秀な人材を求めて近年相次いで進出している。
グーグルは今年3月、21年に全米各地でオフィスとデータセンターの新増設に70億ドル(7700億円)超の投資を行い、少なくとも1万人のフルタイム従業員を新規雇用する計画を公表した。オフィス増床は、13州17都市の米国全土に及ぶ(表2)。
このうちニューヨークでは、従業員数を28年までに倍増させることを18年にコミット(確約)しており、この目標を達成すべく同市でのキャンパスの存在感を高める投資を継続する。グーグルのサンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は、「社員間でコラボレーションし、コミュニティーを構築するために直接集まることは、グーグルの文化の中核であり、今後も我々の将来の重要な部分となるだろう。だから我々は、全米にわたってオフィスへの大規模な投資を引き続き行う」と述べている。
フェイスブックは、今後5~10年で社員の半数が在宅勤務になるとの見通しを昨年5月に示した。一方で、マンハッタンの歴史的建造物として知られるジェームズ・ファーレー郵便局のビルの一角(約6・8万平方メートル)をオフィスとして使用する大型賃貸契約を締結したことを同年8月に公表した。アップルは、17年にカリフォルニア州クパチーノの広大な敷地(約71万平方メートル)に、総工費50億ドル(5500億円)とされる新本社屋「アップルパーク」を構築した。スティーブ・ジョブズ氏が指揮・主導したプロジェクトだった。
このようにGAFAに学ぶべき点は多い。コロナ禍の中でも「オフィスの重要性」を変えてはいけないというブレない経営戦略の一貫性が何よりも重要だ。
また、コロナ後の全面的なオフィス再開を見据えた骨太のオフィス戦略をいち早く示したアマゾンとグーグルは、米国全土での広範なオフィス分散化で、事業継続計画(BCP)の強化や多様なコミュニティーでの雇用増・投資増を通じた地域貢献も企業市民として果たそうとしているとみられる。
遅れる日本企業
GAFAなど先進的ハイテク企業では、昨年コロナ対応としてBCPを速やかに発動し、在宅勤務体制へちゅうちょなく移行した。一方、ワクチン接種が広がり従業員の安全確保が確認できれば、BCPを直ちに解除しメインオフィスでの業務を全面的に再開するのが基本形であろう。すなわち不動産を重要な経営資源に位置付けるCRE(企業不動産)戦略の下でのオフィス戦略を組織的に実践できている先進企業であれば、コロナ後には平時の体制に戻すのであって、最先端の働き方・働く場を活用したこれまでの戦略に大きな変更は生じないはずだからだ。
足元では、デルタ変異株による感染再拡大を受けて、本格的な出社再開をグーグルが9月から10月に、アマゾンが9月から来年1月に延期するなど、米国の巨大ハイテク企業の間でオフィス再開を遅らせる動きが見られるが、このことは全く驚くに当たらない。
これは、コロナ禍を受けて在宅勤務主体の働き方に全面的にシフトするといった、オフィス戦略の抜本的転換ではない。従業員の安全・健康を確保できない限りオフィスを再開しないという、明確なBCPが機能していることを示すものだ。ブレないBCPがあれば、コロナの感染状況に合わせて柔軟な対応が可能になるのだ。
一方、多くの日本企業では、メインオフィスをイノベーション創出や経営理念体現の場として十分に生かし切れていなかったと言わざるを得ない。また多くの大企業がBCPを導入しているものの、日ごろからの準備・訓練が足りなかったり、運用があいまいだったりすることが多いのではないだろうか。大本のCRE戦略を一刻も早く取り入れた上で、その下で働き方改革やBCPをしっかりと組み込んだ、創造的なオフィス戦略を新たに構築することが急務だ。
「曖昧さ」も必要
企業が従業員に「働く環境の多様な選択の自由」を与えることは、働き方改革の本質である。そのためにはメインオフィス内にも、従業員同士の交流を促すオープンな環境や集中できる静かな環境など多様なスペースの設置が求められる。平時での在宅勤務は、従業員が働き方の選択肢の一つとしていつでも自由に選択できるようにすべきだ。さらにサテライトオフィスなどのサードプレイスオフィス(家庭、職場以外の第3の場所)を選択肢に加えることも一法だ。
このような働く環境の多様化に加えBCPの強化を進めるには、メインオフィスを中核に据えつつも、拠点配置の分散化・二重化が欠かせない。日本企業は短期的な収益や効率性にとらわれがちだった視点を改める必要がある。短期的には効率が低下しても、経営資源をぎりぎり必要な分しか持たない「リーン型」の経営ではなく、経営資源にある程度の余裕、いわゆる「組織スラック」を備えた経営を実践しなければならない。
出社とテレワークを併用する働き方において、両者を厳格に切り分けると、従業員は必要最小限の出社しかしなくなる。イノベーションの源となる、異なる部門の従業員との偶発的な出会いやインフォーマルなコミュニケーションといったセレンディピティー(思いがけない発見)の要素が削(そ)ぎ落とされかねない。良い意味での「曖昧さ」を残しておくべきだ。例えば、新たな気付きを求めて街をふらっと歩くように、明確な目的もなく出社する日があってよい。
コロナ禍の下で、一時的に発生している空きスペースは、ソーシャルディスタンシング(社会的距離の確保)のために有効活用できる組織スラックと捉え、経営者は胆力を持って耐えしのぐことが望まれる。コロナ後に多くの従業員がオフィスワークを希望する日が増えてきても、売却や賃貸借契約の解約をした後では取り返しがつかないからだ。
日本の産業界では、在宅勤務を中心とする体制に早々と移行しオフィスを退去・縮小移転する動きが、IT系スタートアップを中心に一部の企業で昨年前半に先行してみられた。大企業は、オフィススペースを削減することにまで踏み込んだ企業はごく一部に限られたが、今年に入って業種を問わず本社を売却する動き(売却後の賃貸利用=リースバック、一部減床を含む)が散見されるようになっている。「オフィスは不要」とまでは言わないまでも、「現状のスペースを維持するのは難しい」と考えている企業は多いとみられる。
オフィス増床の続行を打ち出したアマゾンやグーグルは、大半の日本企業と余りにも対照的だ。AI(人工知能)や量子コンピューティングなど世界最先端のイノベーションをけん引し続けるGAFAは、得意の仮想空間ではなく実世界での従業員間のコラボレーションが欠かせないとして、リアルな場であるオフィスの重要性を愚直に実践し続けている。
日本企業は、GAFAと同じ国際競争の土俵に立つためにも、イノベーションを生む土壌を醸成するオフィス戦略というバックオフィス業務で後れを取るべきではない。メインオフィスの重要性を十分に理解し、一刻も早くクリエーティブオフィスの考え方を取り入れ実践することが求められる。
(百嶋徹・ニッセイ基礎研究所 社会研究部上席研究員)