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小説 高橋是清 第155話 文官を軍部大臣に=板谷敏彦

(前号まで)

 原敬首相暗殺により高橋是清内閣が発足した。欧州大戦後の世界では武力的競争は終わり、経済的競争が激甚になると予感する是清は、自らの信念に従って政策の方向転換をこころみる。

 大正11(1922)年1月10日、原敬から政権を引き継いだ是清が第45回帝国議会に臨んで気を引き締めている頃である。明治の巨星、侯爵大隈重信が逝去した。83歳だった。

 新聞は容体が悪化した1月6日から、過去の業績も加えて連日詳細な報道を開始した。大隈は大衆に人気があった。大隈を書けば新聞は売れる。

 早稲田の自邸に見舞客も毎日数百人が押し寄せる大盛況で、進行中のワシントン会議の報道もかすむほどだった。

 関係者はかねてより大隈の公爵への昇爵とその葬式は国葬とすることを望んで活動したが、元老たちが取り合わず、願いはかなわなかった。

 そこで大隈の側近たちは費用を自弁とし、日比谷公園を告別式場として借り17日に「国民葬」を挙行した。市民30万人が参列し別れを惜しんだという。

 それから少しして、2月1日には大隈の後を追うかのように山県有朋が逝去した。満83歳、大隈と同じ年である。

 昨年の原敬の暗殺以降、山県は体調を崩していた。葬儀は2月9日、こちらは国費で行われる「国葬」で場所は同じ日比谷公園だった。しかし悪天候もあり人影は薄く、大隈の時のような華々しさはなかった。

 山県が去り、残された元老は松方正義と西園寺公望のみ、陸軍に対して影響力を持つ元老がいなくなった。

 山県にはかつて、陸軍長州閥を率いる後継者候補として桂太郎、児玉源太郎、寺内正毅と優秀な人材があったが、みな早世してしまった。残る長州出身の目立った人材は昨年陸軍大臣を山梨半造に譲り今は静養中の田中義一のみとなった。

陸軍の軍縮

 第45回帝国議会は進行中である。キングメーカーだった元老の山県が死ぬと、それまで遠慮していた野党も含めた政党が陸軍を攻め始めた。

 折からワシントンで開催されていた海軍軍縮会議によって海軍費の削減が現実のものとなりつつあった。

 またこの会議による世界的な軍縮と平和の風潮がメディアで伝えられていたことも追い風だった。そこで今度は陸軍の軍縮の番だということになったのだ。

 さらに量的な軍縮に加えて「高橋内閣改造私案」の一項目にもあった、陸海軍大臣を文武官並用とすることが議題として持ち上がった。第一次世界大戦後、ドイツ、ロシア両帝国亡き後、軍人が軍部大臣を占有するのは今や日本のみである。

 2月7日、ワシントン会議が終了した翌日である。与党立憲政友会(以下政友会)から「陸軍の整理縮小に関する建議案」が上程された。

 法案の説明は大岡育造代議士が当たった。彼はとうとうと軍事費削減の意義を述べた後にこう付け加えた。

「憲政治下に帷幄上奏(いあくじょうそう)なるものあり 総理大臣といえども之に関わる事を許さず 行政内閣の外に帷幄あり 随意に国庫負担をも増加してはばからざる如き 列国をして我国の平和主義を疑わしむるものである」(2月8日、東京朝日新聞)

 同時に立憲国民党犬養毅も「軍備縮小に関する決議案」を提出して演説をぶち、山梨半造陸軍大臣と大論戦になっている。

 この犬養毅が後に政友会に参加し総裁となり、統帥権干犯問題で当時の与党立憲民政党浜口内閣を攻撃することになるとは、この時誰が想像できたであろうか。

 また立憲国民党の西村丹治郎代議士は「陸海軍大臣任用の官制改正に関する建議案」を提出した。これは軍部大臣への文官任用を認めるもので、これら3法案は議会最終日の3月25日に衆議院で可決されている。

 しかし可決されたからすぐに法制化されるわけではない。貴族院もあれば、枢密院もある、キングメーカーたる元老の意向もある。

 原敬が暗殺されていなければ、この法案を実現し、軍部大臣には文官が就き、その後の昭和陸軍の暴走はなかったかもしれない。しかし、それはタラレバの話でしかない。この時の内閣総理大臣高橋是清は、そうした政治力を持ち合わせていなかった。このテーマは次の内閣に持ち越される。

 第45回帝国議会における与党政友会の四大…

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