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小説 高橋是清 第163話 第二次護憲運動=板谷敏彦

(前号まで)

 震災に翻弄(ほんろう)された山本内閣が倒れ、後継首相・清浦奎吾は政党を無視した超然内閣を組閣する。憲政正常化への覚悟を示すため是清は平民に戻り衆院選出馬を決意する。

 大正13(1924)年1月7日、清浦奎吾内閣が成立すると、9日には衆議院第1党である是清率いる立憲政友会(以下政友会)の院外団が第2党である加藤高明の憲政会院外団に提携を申し入れた。

「特権階級の陰謀により出現したる貴族院内閣は階級闘争の端を啓(ひら)くものにして、明らかに国民に向かって挑戦したるものと認む」と、その申し入れを承諾した。

 さらに翌日には第3党の犬養毅の革新倶楽部にも呼びかけ、三派連合会の名称を「第二憲政擁護会」と命名することを決めた。院外団とは議員以外の党員から構成されるいわば政治活動の別動隊のようなものである。従ってまだ正式に三派が連合したわけではない。

是清の「決意」

 護憲運動に三派が協力するのは良いが、政友会の中は一枚岩ではなかった。

 1月15日、政友会は赤坂表町の是清の家に主なメンバー22名を集めて最高幹部会を開いた。

 護憲三派に賛同する者もある。総裁派である。また一方で政友会は「穏健着実」な路線によって国民の信頼を得てきたのである。これまでいかなる内閣に対しても、その成立の形式を理由として包括的不信任案を出したことはないのだから、清浦内閣に協力すべきだとする者もあった。これが改革派である。

 幹部会は5時間にわたり、ほぼ全員が意見の応酬をするような大議論の末、最後は総裁の是清に委ねられることになった。

「いずれの国でも革命とか動乱というものは、まず政治運動が悪化すると社会運動になり、更にそれが悪化すれば革命となり動乱となるのである」

 是清は、今は政治運動の範囲で収まっている清浦内閣への不満が、やがて社会運動へと転化することは抑えねばならぬと話した。

 その上で、

「私は大局より観て、貴族院主体で構成される清浦内閣を擁護することはできない。従って、来る総選挙では私自身も華族の地位を捨て平民として出馬して、衆議院に議席を持つつもりである」

 この会合に向けて、政友会の中では総裁である是清に「決意」があるとうわさが流れていた。これまでも是清には辞める辞めると繰り返してきた経緯があったので、その「決意」とは総裁を辞任することだと考えているメンバーが多かった。

 従って是清のこの決断に幹部会の皆は驚いた。

 そして翌16日には、小泉策太郎が1週間かけて起草した「我立憲政友会員諸君に告ぐ」という宣言文が発表されたのである。内容は幹部会で話したことを名文に仕立てたものだ。17日付、『国民』、『時事』、『東京朝日』、『東京日日』など、主要紙すべてが是清の決意を支持していた。

 しかし、こうして護憲の世論が盛り上がる中でも改革派の動きは止まらない。むしろ加速した。 16日の夜には、中橋徳五郎、床次竹二郎、元田肇、山本達雄の幹部4人が清浦内閣と示し合わせた上で脱党届を出した。その後も脱党者は止まらず149名に達し、政友会残存の129名を上回って衆議院第1党、しかも政権与党となってしまったのだ。

 彼らは、その名を我こそが本物の政友会とばかりに政友本党と名乗り、その後1月29日に結党式を挙げる。

 1月18日には観樹将軍こと三浦梧楼の斡旋で、「護憲三派」政友会総裁高橋是清、憲政会総裁加藤高明、革新倶楽部党首犬養毅の三者とこれに加えるに尾崎行雄が結集し正式に清浦の超然内閣打倒に協力することになった。これが第二次護憲運動の協調活動の始まりである。

 1月22日、第48回通常議会の首相施政方針演説があった。議会は26日に予定されている皇太子裕仁親王成婚式のために一時中断した。再開は31日である。

 裕仁親王のお相手は久邇宮邦彦(くにのみやくによし)王の第1女子良子(ながこ)女王、皇太子の第124代天皇即位とともに香淳皇后となられる。

 裕仁親王の被災者に対する心配りから、パレードもなく式は質素に執り行われた。

*     *     *

 1月30日午後、大阪の中央公会堂で護憲三派による憲政擁護関…

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