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小説 高橋是清 第164話 第15回総選挙=板谷敏彦

(前号まで)

 貴族院主体で構成される清浦奎吾内閣に対し、政友会を率いる是清は加藤高明の憲政会、犬養毅の革新倶楽部に呼びかけ護憲三派を形成し、総選挙に臨む。

 大正13(1924)年2月、是清は子爵の爵位を長男是賢に譲り、平民となって5月10日に予定されている第15回衆議院議員総選挙に備えた。

 有権者は当時の人口5888万人中、直接国税3円以上納税の満25歳以上の男性で329万人だった。比率は5・6%である。

盛岡へ

 この時点での各党の勢力は、加藤高明率いる憲政会が103議席、立憲政友会(以下政友会)を割って出ていった政友本党が149議席、是清の政友会は129議席である。

 当時は小選挙区制なので、どこで出馬するかは大問題。是清は選挙区を党に委ねた。

 3月2日、前政友会総裁原敬の出身地である政友会岩手支部は市民集会を開催し、是清の盛岡での出馬要請を決議した。この総選挙を暗殺された原の弔い合戦と位置付けたのだ。そしてその足で代表者は東京へと向かい是清に直接出馬要請決議書を手渡した。

 当初、是清は地元の赤坂(東京第1区)での出馬を考えていたが、仙台や高知からも要請があり、どうすべきか迷っていたところだった。

 政友会総裁が落選するわけにはいかない。盛岡であれば原の築いたしっかりとした地盤があるだろうとの思惑もあった。是清は4日になって立候補承諾の電報を盛岡に打つと、岩手支部はその電報を原の墓前に供えた。

 ところが原の継承者を名乗る者は、是清だけではなかった。政友会から分かれた政友本党は、三重県知事をしていた内務官僚の田子一民(たこいちみん)を呼び寄せて立候補させた。当時は小選挙区制で盛岡市だけで一選挙区である。2人の直接対決になった。政府側についた政友本党は官憲をも使って全面的に田子を応援することになり、盛岡は全国まれに見る激戦地となったのだ。

 田子は明治14(1881)年に盛岡藩士の家に生まれた。維新後貧しくなった盛岡藩士の子弟の例に漏れず、苦学の末に東京帝国大学法科を卒業したのは26歳の時であった。

 地元出身の原の斡旋(あっせん)で内務官僚となり、山口県警を中心に警察官僚から県知事へと順調に出世の階段を上っていたところだった。

 田子から見れば原は恩人である。自分は是清などよりよほど原との血は濃い自信があった。選挙を控えて原の墓前に参ると、田子は必勝を誓った。どちらからも当選祈念をされた原はあの世で困惑していたに違いない。

 先回りして伝えておくと、この田子という人は次回の第16回総選挙では政友会から立候補し、以降9回連続の当選を重ねることになる。

 政府は他府県で働いている盛岡出身の官吏六十数人に官費で旅費を与えて帰郷させ、田子に投票させるようなこともした。また政友本党の首領格床次竹二郎も盛岡入りし自ら選挙戦を指揮した。

 3月21日、是清は盛岡入りすると、原の墓前に原の養子である貢とあいさつ、一緒に写真を撮り、自分こそ正統な後継者であるとアピールした。

 是清は市内の富豪金田一家の別荘を借りて泊まり込み1日に7、8カ所、朝から夜の11時まで回って説いて歩いた。

 3月23日、盛岡の商品陳列所での演説会などでは1200人の聴衆が集まり、是清は政争をよそに財政演説をしてしまうなど、少しちぐはぐなところもあったが是清の話はいつも面白い。

 これは場末の演説会でもそうだが、そうして人を惹き付けたところで、是清の後に弁士が演壇に立ち、お涙頂戴といく。

「二度まで大蔵大臣を務め一度は総理大臣をも拝命した70歳の老人が、今や栄爵を投げ打ち、貴族院を退き、赤裸々な一平民にかえって、今日盛岡の諸君の前に立ち、どうかよろしく頼みますといわれるのはなぜか、諸君、これ実に政道を打開せんとする真心の発露であります」

 弁士が涙交じりにこう言うと、聴衆の中の婦人が声をあげて泣く。他の聴衆も、つられた弁士も一緒に泣くというような光景も見られたそうである。講談落語好きの是清も泣いたに違いない。

 政府側の執拗(しつよう)な弾圧や人身攻撃、政友会関係者のささいなことでの選挙違反での逮捕など、政府側…

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