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小説 高橋是清 第165話 護憲三派内閣=板谷敏彦

(前号まで)

 貴族院の力を背景に誕生した清浦内閣に対し、是清は平民の立場にかえり総選挙にのぞむ。政府側の執拗な選挙干渉に耐え内務官僚・田子一民を破り是清は当選した。

 大正13(1924)年5月10日の第15回衆議院議員総選挙の結果、加藤高明率いる憲政会が48議席増やして151議席となり第1党になった。

 第2党は立憲政友会(以下政友会)から分離した清浦奎吾内閣の与党政友本党で、33議席減らし116議席へ。第3党は高橋是清率いる政友会で、ここも29議席減らして100議席となった。

 清浦奎吾は公平な選挙遂行を意識して、あまり選挙干渉を行わなかったと伝えられているが、盛岡における是清に対する干渉を見ていると、政友本党と政友会の潰し合いのような選挙だったのだろう。

 元老西園寺公望は、清浦内閣の総辞職を受けて、6月9日に衆議院第1党の総裁である加藤に組閣の大命を降下した。

 首相には加藤、外務大臣には義弟の幣原喜重郎、いわゆる英米協調、大陸不干渉の「幣原外交」はこの時から始まる。

 内務大臣に若槻礼次郎、大蔵大臣には大蔵次官経験者の浜口雄幸である。この三つの主要ポストを義弟と憲政会が独占したことで、加藤は政友会の是清とずいぶんもめた。

 その是清は農商務大臣となって、この任期中に是清の持論であった農商務省の農林省と商工省への分離を果たすことになる。是清はくしくも、若き日に特許局創設で働いた農商務省の最後の大臣となった。陸軍大臣は宇垣一成、海軍大臣は財部彪である。

「三菱の番頭」

 加藤高明は安政7(1860)年生まれの64歳、現在の愛知県の代官の手代の家に生を受けた。勉強がよくでき、21歳の時に東大法学部を卒業するまで首席を通した。ところが当時の慣例を無視し、官僚にならずに三菱に入社した。

「首席卒業の法学士前垂れ掛けに」と話題になったが、三菱は加藤を大事にし、英国へ派遣、陸奥宗光との出会いなどそこで人脈を形成した。

 岩崎弥太郎の長女春路と結婚し、政治家としては三菱財閥という資金的背景を持つことになる。「三菱の番頭」である。

 明治20(1887)年に外務省入省、その7年後には駐英公使、明治33(1900)年には満40歳の若さで第4次伊藤博文内閣の外務大臣となった。

 明治39(1906)年、第1次西園寺内閣で二度目の外務大臣となった。ちょうど是清の友人ヤコブ・シフが訪日していた時で、鉄道国有法案では、閣僚の中で唯一反対して辞表を出した。

 政治家のキャリアとしては是清よりもずっと長い。その後、再度駐英全権大使として条約改正に尽力、桂太郎と意気投合し憲政会の前身である立憲同志会に参加し総裁となった。

 親英派であり、英米との協調が外交路線の基調であるが、第一次世界大戦の対華二十一カ条要求では外務大臣として元老たちを無視して中国に対して強硬な要求を突きつけ、日中関係悪化の原因を作った。

 加藤が組閣してひと月ほど経った頃、元老の松方正義が死去した。89歳だった。これで首相を指名するキングメーカーの元老は西園寺公望唯一人になった。その西園寺も今や74歳である。

 松方と言えば、是清は人から聞かれて、国家のためにしたことの中で、生涯で最も愉快だった話として、明治30(1897)年の貨幣法制定、つまり金本位制導入を挙げている。

 当時是清は松方の質問に答えてずいぶん力になれたと自負していたのだ。是清は本来、金本位制支持者である。

*     *     *

 話は当時の中国に移る。

 袁世凱亡き後、北京では張作霖の奉天派と直隷派の呉佩孚(ごはいふ)が武力で権力争いをしており、さらにそれを取り巻く軍閥があった。また南には孫文の中国国民党があり、中国は群雄割拠の状況にあった。

 奉天とは地理的に東三省(狭義の満州で遼寧省・吉林省・黒竜江省)を指し、直隷とは「中華皇帝のおひざもと」という意味で時代とともに変遷するが、当時は北京の周辺河北省の一帯を指した。

 大正11(1922)年には奉天派と直隷派の第1次奉直戦争があったが、日本では関東軍と奉天総領事は奉天派を支持し、北京の公使館と公使館付き武官は奉…

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