経済・企業 東証再編
東証再編ってそもそも何? Q&Aでやさしく解説=神尾篤史
Q1 来年4月に始まる東証再編とは?
A 東京証券取引所(東証)の市場構造を変更することで、2022年4月4日に「プライム」「スタンダード」「グロース」の三つの新市場が誕生する予定だ。
東証と大阪証券取引所(大証)は13年に現物市場を統合した。東証の市場第1部、市場第2部、マザーズと、旧大証のジャスダック(スタンダード、グロース)の四つをそのまま運営し続けてきたのは、企業の負担や投資家の混乱を避けるため。しかし、市場関係者から市場構造や上場制度などについての問題点が指摘されるようになり、18年から東証や金融庁で議論が重ねられ、21年に新たな市場構造などが固まった。
プライム市場は現在の市場第1部とイメージが近く、グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場だ。スタンダード市場は現在の市場第2部やジャスダックのスタンダードに近く、公開市場における投資対象として十分な流動性とガバナンス(企業統治)水準を備えた企業向けの市場。そしてグロース市場は現在のジャスダックのグロース、東証マザーズと同様、高い成長可能性がある企業向けの市場である。
Q2 上場企業、投資家にとって何が変わる?
A 「新規上場基準」「上場維持基準(現在の上場廃止基準に相当)」「経過措置」などの上場制度も新しく整備された。従来、新規上場基準の水準が高く、上場廃止基準が緩いという大きな差があったが、新制度は上場維持基準が新規上場基準と同程度に引き上げられた。
また、制度の激変緩和のための経過措置は、上場維持基準に抵触したとしてもすぐに上場廃止になるわけではなく、抵触した項目について「上場維持基準への適合に向けた計画書」(計画書)を開示することで、上場維持を可能にする制度だ。
上場維持基準に不適合の場合は、この計画書について進捗状況の定期的な開示が求められる。この経過措置は、実は終了時期はまだ決まっていない。このほか、これまで市場第1部は赤字企業の新規上場が難しかったが、プライム市場は条件を満たせば、赤字企業でも新規上場が可能になる。
今回の制度変更によって企業にとっては上場維持の難易度が高くなり、企業価値の向上に継続的に取り組む必要があり、上場を維持するハードルが高くなるものの、改めて上場の意義とさらに成長に向けた方向性を再考して社内改革を進める機運を高めることができる。また、市場の新陳代謝が活発化する可能性があり、投資家にとっては多様な投資機会が増えるだろう。
Q3 TOPIX改革とは?
A TOPIXは東証株価指数と呼ばれる日本を代表する株価指数で、現在は市場第1部に上場する全銘柄(約2200社)が算定の対象になっている。◆来年4月4日の見直し後は、主にプライム市場の上場銘柄で構成されることになるが、スタンダード市場やグロース市場の銘柄も一部入る可能性がある。◆指数の連続性を担保するため、新市場移行前の22年4月1日時点のTOPIX銘柄を対象に算出することにしているからだ(表1)。
ただ、見直し後のTOPIXの採用銘柄であっても、流通株式時価総額100億円未満の銘柄は組み入れられるウエートが引き下げられ、最終的にTOPIXから除外されることになっている。その判定機会は23年10月までに3回あり、このうち1回でも流通株式時価総額が100億円以上になれば、TOPIXの構成銘柄になる。
判定機会の初回は21年7月、2回目は22年10月で、このいずれにおいても流通株式時価総額100億円未満であると「段階的ウエート低減銘柄」に指定され、TOPIXにおけるウエートが小さくなる。3回目の23年10月の判定で100億円未満になると、25年1月の最終営業日にTOPIX構成銘柄から除外される。3回目では年間売買代金回転率も考慮される。
見直し後のTOPIXの算出方法は、構成銘柄の浮動株時価総額を加重平均することに変更はなく、この点でも指数の連続性に大きな影響はないとされる。
Q4 TOPIX改革による投資家のメリットは?
A TOPIXに連動するETF(上場投資信託)や投資信託の◆本数や純資産額は年々増加傾向にあり、◆その残高は約70兆円とされている。TOPIX構成銘柄には、こうしたETFや投資信託を通じ、資金が流入している。ただ、TOPIX構成銘柄は時価総額や流動性がさまざまであり、流動性の乏しい銘柄に大きな資金が流入することで、価格形成にゆがみが生じているとの指摘があった。
今回の見直しで、◆流動性が乏しかったり、時価総額が小さかったりする銘柄は、TOPIXから段階的に除外されることになり、企業のファンダメンタルズ(業績や財務内容)を反映した株価形成につながることが期待されている。見直しが終了する25年1月以降は、構成銘柄数に上限を設けるなど、TOPIXのさらなる見直しが行われる可能性もある。
TOPIX構成銘柄になるための企業間の競争激化は必至であり、投資家にとってはより質の高い銘柄で構成されるTOPIXへの投資が可能になるかもしれない。
Q5 コーポレートガバナンス・コードの改定とは?
A 東証再編と並行して議論されたのがコーポレートガバナンス・コード(CGコード)の改定で、東証は今年6月に2度目の改定を実施した。CGコードとは、株主をはじめとしたステークホルダー(利害関係者)の立場を踏まえたうえで、上場企業が透明・公正かつ迅速・果断な意思決定をするための◆企業統治の原則・指針であり、15年に策定された後、18年に改定されている。
今回の改定後のCGコードは、五つの「基本原則」、31の「原則」、47の「補充原則」で構成され(図1)、独立社外取締役の人数や割合の引き上げ、気候変動についての情報を含むサステナビリティー(持続可能性)の開示などが新たに設定された。上場する市場区分によって対応が求められる原則が異なり、プライムとスタンダードの2市場は基本原則、原則、補充原則のすべてが適用される。加えて、プライム市場はスタンダード市場よりも高い水準の原則が求められている。一方、グロース市場は基本原則のみ対応すればいい。
CGコードは上場企業が必ず守らなければならないルールではないが、順守しないのであればその理由を対外的に説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン(順守せよ、さもなくば説明せよ)」が求められる。◆CGコードの順守や説明状況を知ることは、投資家にとっても業績や財務には現れない企業のリスクを把握するうえで有用な情報となる。
Q6 これらの再編・改革で、東証の世界での存在感は増す?
A 国際取引所連合の時価総額データによると、東証は米ニューヨーク証券取引所やナスダックに遠く及ばない(図2)。今回の改革でこの状況がすぐに変わるわけではないが、企業価値向上に向けた動機付けを行い、市場の新陳代謝を促進させる改革の方向性は評価できるものだ。証券取引所は企業が資金調達を実行し、投資家が資金運用する場であり、経済の重要なインフラである。東証の市場活性化は、日本が持続的に成長していくために欠かせない。
(神尾篤史・大和総研政策調査部主任研究員)