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小説 高橋是清 第169話 よみがえる金本位制=板谷敏彦

(前号まで)

 政友会総裁辞任に伴い是清は農商務大臣辞任も決意した。新総裁には田中義一陸軍大将が就任、重職から解放された是清に久々の休息が訪れた。

 大正14(1925)年4月、是清は立憲政友会総裁を辞任した。ようやく安穏とした日常が訪れたが日々の日課は変わらず、経済を中心として世界の情勢に対する勉強は欠かさなかった。

 この頃、世界の通貨システムは、1922年のジェノヴァ国際経済会議において各国が誓ったように、欧州大戦以前の金本位制に復帰すべく動いていた。

 現代の我々の目から見れば、金本位制は欠点が多い通貨制度に見えるが、当時の欧州大戦以前のグローバル経済の隆盛を知る者たちからすれば、それは多少の犠牲を払ってでも、必ず取り戻すべき正しい秩序だったのである。

賠償金とハイパーインフレ

 1918年に欧州大戦が終わると、世界の経済環境は様変わりした。人類初の未曽有の規模の戦争遂行に、各国政府は巨額の借金を背負った。

 敗戦国のドイツは、戦争に際して国内発行の自国通貨建て債券だけで軍資金を調達した。そしてこれに付け加えるならば占領地からの略奪もあった。

 戦争が終わるとドイツは戦争責任を問われて連合国側から巨額の賠償金を請求された。これは戦前の金本位制下のマルク建て、1320億金マルク(約66億ポンド)で請求されることになった。

 ケインズの著作『平和の経済的帰結』の計算では支払い不可能な数字だったが、配慮されることはなかった。

 連合国側ではロシアがフランスと英国から7億6000万ポンド借りたが、ロシア革命で帝政が終わり共産国家になると、前体制の借金を踏み倒した。

 フランスは当初英国市場で5億5000万ポンドほど資金調達し、後に米国市場からほぼ同額を借り入れた。

 英国はフランスや他の連合国に17億4000万ポンドほど資金を貸し出すと同時に、米国からは8億4200万ポンドを借り入れる立場であった。

 米国は各国に合計18億9000万ポンド貸した。ちなみに欧州大戦まで日本を苦しめた日露戦争の海外からの借り入れ、すなわち外債発行額は8200万ポンドほどであった。

 国土の一部が戦場となり生産設備を破壊されたフランスが、自身の英米に対する借金を返済するためにはドイツからの賠償金が必要だった。また英国はフランスからの返済がなければ米国への返済は苦しい状況だった。

 こうしてドイツが賠償金を払えない状況では、この連鎖した借款関係の解消は困難だった。

     *     *     *

 欧州大戦以前の英国は覇権国、パクス・ブリタニカの時代にあった。ロンドンは世界の金融の中心地であり、いつでも金と交換できる英ポンド(正貨)は覇権通貨だった。日露戦争の資金調達の時、是清は迷わずロンドン市場を目指した。英ポンドを持つことは金塊を持つことと同値。金本位制の下で、世界はロンドンを中心にまわっていたのだった。

 欧州大戦が始まると各国は金本位制を停止、紙幣と金との兌換(だかん)を停止して軍需物資の輸入に必要な金を確保した。一方で戦場から離れ、物資の供給源となった米国と日本には輸出代金が入り、金が集中したので…

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