もはや電車と気動車の差はなく、経営効率化を睨み電化廃止が進む=土屋武之
鉄道の架線が消える もはや電車と気動車の差はない 経営効率化で電化廃止は進む=土屋武之
2021年夏に磐越西線会津若松─喜多方間(福島県)16・6キロメートルの電化廃止(電化設備の撤去)をJR東日本が地元に申し入れ、喜多方市などがこれに反発したという報道が流れた。この路線は郡山─会津若松─喜多方間が電化。喜多方─新津間が非電化と分かれている(図)。もともとは1982年の東北新幹線の開業前、上野からの直通列車が会津地方まで多数運転されており、それらの高速化を図るために電化されたものだ。当時、電車と気動車(ディーゼルカー)の性能差は大きかった。
ただ、東北新幹線開業後、東京方面への直通列車は減り続け、現在は1本も運転されていない。長距離客は郡山で新幹線に乗り換える列車体系である。そして一部の観光客、ビジネス客を除けば、主な利用客層は通学の高校生。流動は会津地方の中心都市であり観光地にも恵まれた、会津若松へと向いている。
そのため、快速・普通列車も会津若松を始発、終着とするものがほとんどだ。現在のダイヤでは、会津若松を通り越して郡山─喜多方間を直通する電車列車は、上り2本、下り1本しかない。そもそも会津若松─喜多方間を走る列車は、新潟や同じ福島県内の野沢方面から会津若松まで直通する気動車列車が主だ。電化設備が必要な電車列車は、前述の3本の他には下り1本、計2往復のみである。もう定期貨物列車もない。
電化廃止のメリット
電車を走らせるには、架線柱や架線、変電所などが必要で、もちろんメンテナンスに手間がかかる。寒冷な地域では冬季の着雪による架線切断にも注意が必要だ。これをなくせば経費が節減でき、経営改善につながるメリットがある。
では、具体的なデメリットはあるのか。
鉄道を利用する側にとっては、電車であろうと気動車であろうと快適でありさえすれば同じ。むしろ意識して乗っている客の方が少なかろう。一般客のもっぱらの関心事はダイヤであり、運賃や車内設備である。
電化区間への直通を必要とする需要が存在するなら、気動車で列車を設定すればよい。かつては新潟─会津若松─郡山─上野間の気動車急行なども存在した。
JR東日本が保有するイベント列車では、確かに郡山─喜多方間の「フルーティアふくしま」は電車列車だが、他の多くは電化、非電化にかかわらず運転できる気動車である。「フルーティアふくしま」も90年製の電車の改造で、制御システムが旧式化しており、この先、そう長くは活躍できない。
電化を廃止して経費を節減した路線は、JR化後にはまだ例はないものの、過去には名鉄の一部ローカル線や栗原電鉄(宮城県)などがある。いずれもその後、廃止の道をたどったので、地元の危惧があるのかもしれない。だが、原因は需要の減退であり、電化非電化とは関係なかった。元鹿児島本線の肥薩おれんじ鉄道や、元北陸本線のえちごトキめき鉄道は、電気機関車がけん引する貨物列車の運転のため電化設備は残したが、ローカル列車は気動車化した。新型車両が投入されており、気動車であること自体による不満は、特に聞こえてこない。
10年代に入り、JR各社の気動車自体には質的な変化が生じている。それまでの気動車は液体式という、ディーゼルエンジンの回転を液体変速機を介して直接、車軸に伝える方式であった。しかし、電気式が急速に普及。今では新製気動車の多くが、電気式となっている。
気動車の優れた性能
電気式とはディーゼルエンジンで発電した電力でモーターを回して走行に用いる方式だ。特に目新しい技術ではなく、米国や欧州諸国では、古くから大型機関車などに用いられてきた。それが、SDGs(持続可能な開発目標)の考え方が広まり、日本でも見直されてきたのだ。JR東日本は電気式気動車導入の最先端を進んでおり、すでにいくつかのタイプに分けて開発。営業運転を行っている。
電気式には、制御器やモーターなど、日本の鉄道車両の主流である電車と同じ部品が使える。あるいは回生ブレーキで発生した電力を蓄電池に蓄えておけば、加速時に再利用可能な「ハイブリッド方式」も採用できるといったメリットがある。メンテナンスや省エネルギー性能に優れた方式だ。
19年から磐越西線の会津若松─新津─新潟間でも、電気式気動車GV─E400系が走っている。Gはジェネレーティング、Vはビークル。Eはイーストの頭文字である。これはイニシャルコストなどの問題から蓄電池は搭載していないが、ディーゼル発電機を搭載しているだけで走行システムは電車と同じ。性能的にも、会津若松─喜多方間を最短15~16分で走破している。これは電車列車とまったく同じタイムだ。
どうしても「電車」にこだわるのなら、JR東日本には蓄電池式電車もあり、磐越西線への投入も可能だ。ディーゼル発電機は持たず、架線からの電気でモーターを回して走る方式だが、蓄電池も搭載し、充電した電力で非電化区間も走れるようにした車両。烏山線(栃木県)や男鹿線(秋田県)で実用化済みだ。特に男鹿線用のEV─E801系は、17年から磐越西線と同じ交流電化区間と非電化区間を直通しており、安定した性能を発揮している。
要するに、電車と比べて性能が劣っていた国鉄時代の気動車のイメージで考えていては、現実を見誤る。現代では電車と気動車の境界線はほぼない。JR東海が22年度、非電化の高山本線(岐阜─富山)などの特急列車に投入を予定しているハイブリッドカーHC85系などは、車両番号の付け方が電車と同じ。JR東海は完全に「これは電車である」と見なしているほどである。
水素燃料電池式も登場
一方で、電気式気動車や、特に蓄電池を搭載するハイブリッドカー、蓄電池式電車には、電車と比べてシステムが複雑になり、車両としての重量も増すという欠点が確かに存在する。大容量蓄電池はかなり大きく、客室スペースの一部を削って設置するなど設計に苦労している様子がうかがえる。まだ、改良の余地はあるだろう。
だが、それも次世代の車両では克服されるに違いない。JR東日本はトヨタ自動車、日立製作所と共同で、水素燃料電池式ハイブリッドカーの試作車「FV─E991系」を開発し、走行試験を22年3月ごろに開始すると発表している。これは従来のハイブリッドカーが発電にディーゼル発電機を用いていたのに対し、トヨタが自動車で培ってきた水素燃料電池装置の技術を導入し置き換えたもの。もちろん電化、非電化を問わず、あらゆる路線を走行可能だ。もはやディーゼルエンジンすら搭載しておらず、気動車とは呼べない車両である。
性能面、ひいては輸送力の面では、純粋な電車に一日の長がある点はゆるがない。それゆえ大都市圏の鉄道では電車全盛期が続くことは間違いない。
しかし、すでに電化されているローカル線において、鉄道会社側は今後、費用対効果の面から電化廃止、電気式気動車などの投入を個別に検討していくだろう。地元も、技術的な発展を考えずして、電化区間、電車が優れており、非電化区間、気動車が劣っていると見なすことはできまい。電化非電化を問題にするのは、もはやナンセンスと言っていい時代になっているのだ。
(土屋武之・鉄道ライター)