日米の議会制民主主義の違いを象徴する「党議拘束」と「フィリバスター」=中岡望
私たちが知っているつもりで意外に知らないのが、日米の「民主主義に対する基本的な考え方」の違いである。例えば、日本の国会にあってアメリカ連邦議会にないのが「党議拘束」であり、アメリカ連邦議会にあって日本の国会にないのが「フィリバスター(議事妨害)」である。このことが、両国の政治のあり方に大きな影響を与えている。超大国アメリカの全貌に迫る連載「日本人の知らないアメリカ」の11回目は、この2つの議会制度に注目したい。
「党議拘束」がないために頓挫したバイデン政権の最重要法案
政権発足後の1年の間に、バイデン政権は大胆な政策をいくつも実現してきた。新型コロナウイルス対策として1.9兆ドルの「アメリカ救済計画法」を共和党の反対を押し切って成立させ、1.2兆ドルの超党派法案「インフラ投資・雇用法」も上院で共和党の11人の議員の賛同を得て成立させた。だが、大胆な社会改革案を盛り込んだ最大の目玉政策、予算規模2.2兆ドルの「ビルド・バック・ベター、Build Back Better(BBB)法」は、現在に至るまで成立の目途が立っていない。
理由は簡単だ。与党民主党の2人の上院議員(ジョー・マンチン議員とキルステン・シネマ議員)が法案に反対しているから。つまり、「党議拘束」がないことが最大の要因なのである。
上院の党派別議席数は民主党50議席、共和党50議席と同数である。党派に沿った投票が行われれば50票対50票になり、最終的に上院議長の1票で採否が決定する。上院議長はハリス副大統領が務めており、普通に考えれば、BBB法は成立しているはずである。それが、2人の民主党議員の反対によって、採決に持ち込めない事態となっている。
バイデン大統領や民主党幹部は2人の議員を必死で説得しようと努めてきたが、反対の立場を変えさせることはできなかった。マンチン議員は「法案成立を強行すれば離党する」と、強硬姿勢を崩す気配さえない。バイデン政権は内輪の“反乱”によって苦境に立たされているのである。
日本で例えるなら、政府自民党が提案した予算案が自民党議員の反対で成立しない、という状況だ。だが日本では、そうした事態は絶対に起こりえない。日本では議員が党議拘束に反した投票を行えば、最悪の場合、除名処分、最低でも党員資格停止になる。さらに次の選挙で党の公認を得られない事態も起こりうる。そうした状況では個々の議員は、自分の“信念”に反しても党の決定に従わざるをえない。
「党議拘束」の存在の根拠は、国会に提出される前に党内で十分に議論が尽くされているはずであり、故に投票で党の決定に反する票を投ずることは認められない、ということである。日本では党幹部が議員に対して圧倒的な支配力を持っている。議員は党決定に従ってただ投票するだけだ。多くの国会議員が“陣笠議員”と揶揄される所以である。
「党議拘束」が存在しないアメリカでは、個々の議員の判断が優先される。
たとえばトランプ前大統領の弾劾に共和党議員13名が賛成票を投じたが、彼らは党内から批判こそされたが、除名されることはなかった。今回の「インフラ投資・雇用法」も共和党は反対しているが、11人の共和党議員が賛成票を投じている。法案に賛成した11人の共和党議員は、党内から批判されている。また党内の批判的な勢力は、次の選挙で対抗馬を擁立することで、彼らを落選させる計画を立てている。だからと言って、彼らは除名されることもないし、次の党の公認が得られないわけでもない。議員は党によって公認されるのではなく、選挙区で行われる党予備選挙で当選することで党の候補者になる。現役議員も、日本と違って、予備選挙で挑戦者を退け、勝ち抜かないと党の候補者にはなれないというわけだ。
アメリカの議員は、そもそも選挙資金を党に依存することがない。自ら選挙資金を集める。予備選挙や本選挙で勝てるとなると、自然に政治献金が集まってくる。日本の多くの政治家が党の選挙資金に依存するのとは大きく違う。党に依存すればするほど、自由度が低くなってしまう。アメリカの議員は党に依存しないが故に、独立性を持ち、党の決定よりも自らの価値観や選挙民の意向を重視するのである。
民主党は「フィリバスター」で選挙改革法の成立を断念
さて、もう一つ、バイデン大統領を苦境に立たせている問題がある。大統領が最優先政策と位置付けてきた投票権法(具体的には「The Freedom to Vote Act(投票自由法)」)が廃案に追い込まれているのである。前回の大統領選挙で敗亡したトランプ前大統領は「選挙が盗まれた」と繰り返し主張している。共和党の支持者の多くがトランプ前大統領の主張に同調し、共和党が支配する州で様々な投票規制をする法律が成立している。昨年中に19州で投票規制をする34の法律が成立している。
投票規制の対象は黒人やヒスパニックなどの少数民族である。投票規制が実施されれば、南北戦争後に黒人の投票権を制限した「ジム・クロウ法」が再び登場することになると懸念されている。こうした少数民族は民主党の大きな支持基盤であり、中間選挙に大きな影響を与える可能性もある。そのため民主党は州の投票規制の法律を阻止する目的で投票自由法を提出した。下院では可決されているが、上院では1月20日に事実上の廃案に追い込まれた。
投票自由法を廃案に追い込んだのは、共和党議員による「フィリバスター(議事妨害:filibuster)」である。
フィリバスターを打ち破るには上院100議員のうち60議員の支持を得なければならない。この60という数字は「スーパー・マジョリティ」と呼ばれている。だが民主党の議席は50議席で、60票を確保することは不可能である。
そこで民主党は投票権法案に限ってフィリバスターの対象から除外して、過半数で可決できるように上院規則の改訂を提案した。1892年の最高裁判決で、上院規則の変更は過半数の賛成を得れば行えるようになっている。だが、ここでもまた「党議拘束がないこと」がバイデン政権の邪魔をする。再び、民主党のマンチン議員とシネマ議員が上院規則改訂に反対し、1月20日に上院規則変更案は否決されたのである。民主党は、投票自由法の不成立によって、11月に中間選挙で大きな打撃を受ける可能性がある。
民主党が選挙改革法の成立を断念した直後、バイデン大統領は声明を発表し、「政府はアメリカ民主主義の心と精神である投票権を守るための戦いを決して断念するつもりはない。投票権を守るために必要な法を制定し、基本的な投票権を守るために上院の手続きの変更を推し進める」と語った。
これに対して共和党のミッチ・マコーネル院内総務は「フィリバスターは少数党の権利を守るためのものである。民主党がフィリバスターの例外を作るのは危険である」「フィリバスターのルールを変更することは、上院を変えるだけでなく、アメリカを変えることになる」などと反論している。
反対票を投じた2人の民主党議員の一人、シネマ議員は「フィリバスターを廃止すれば、得るものよりも多くの物を失うだろう」と反対理由を説明している。もう一人のマンチン議員は「上院規則の改訂は超党派で行うべきだ」と、反対した理由を述べている。
どのようにして「フィリバスター制」が成立したのか
そもそもフィリバスターとは何なのか。
フィリバスターとは、上院運営規則で認められた「少数党の権利」である。法案に反対する議員は、議事妨害によって法案を阻止しようとする。フィリバスターは、本会議場で長時間演説をすることで議事進行を妨害することを意味する。法案反対の党の議員が相次いでフィリバスターを行えば、議事は止まってしまい、法律の可否を巡る採決は行えない。その間、政党間で法案修正に向けた交渉が行われる。妥協に至らなければ、法案は廃案となる。
歴史的には、1806年に上院議事規則の改訂が行われ、「多数決原理」が廃止され、議員に無制限の発言時間が認められるようになった。この規則改訂がフィリバスターの法的な裏付となった。上院規則には、少数党に「無制限の討議の権利(the right of unlimited debate)」が認められている。フィリバスターは「strategy of talking a bill to death」と説明されている。
過去において重要な局面でフィリバスターが使われてきた。特に奴隷制度に関する法律を巡って南部の議員と北部の議員が対立し、フィリバスターを行使して、互いに法案成立を阻止しあった。「1964年公民権法」もフィリバスターが発動され、57日間も審議が中断している。ただし最終的には同法は60票以上の賛成を得て成立している。
「スミス、都に行く」は古い時代のフィリバスター
映画が好きな人なら1939年に作られた『スミス、都に行く』という映画を知っているのではないだろうか。
上院で初当選した若い議員ジェファーソン・スミスがフィリバスターを使って同じ州選出の古参上院議員の不正を暴こうとする。演説を始めた当初は新参議員の訴えに耳を傾ける者はいなかった。だが夜を徹して行われる演説に、人々は次第に関心を持つようになり、新聞でも報道され、最後は不正が摘発されると――というストーリーである。
この映画を通して一般の人はフィリバスターの制度や意味を理解した。フィリバスターで最長の演説を行ったのは「1957年公民権法」に反対したストロム・サーモンド議員で、演説時間は24時間18分に及んだ。フィリバスターは上院でも下院でも行えたが、1811年に下院では議事手続き規定が変更され、フィリバスターは廃止された。現在、下院では本会議での発言は通常5分に制限されている。これは「5分ルール」と呼ばれている。
現在では上院本会議場で映画のような“感動的シーン”は見られない。かつてはフィリバスターが発動されている間、他の法案の本会議での討論は中断されていた。だが1972年に民主党のマイク・マンスフィールド院内総務が、フィリバスターの対象になっている法案と他の法案の審議を区別する「ツー・トラック制度(two-track system)」を導入し、フィリバスター対象外の法案の討論は継続して行われる現在の方式になった。その結果、実際に本会議場で長時間演説をする方式のフィリバスターはなくなった。
フィリバスターを発動する議員は、まず自分が所属する党の幹部にその旨を通告する。本会議の議論の場で他の議員が法案の採決をしようとした際に、「私は反対だ(I object)」と発言するだけで、フィリバスターが発動される。その後は議員間や政党間で修正を巡って交渉が行われる。法案を成立させたい多数党は、少数党の意見を受け入れ、法案の修正に応じるか、修正を拒否して廃案を受け入れるか、どちらかを選択することになる。
フィリバスターは、常に成功する訳ではない。法案を成立させたい議員は「討論終結動議(クローチャー動議:cloture motion)」を提出し、それが100票の5分の3(60票)を得ると、法案は採決に移され、可決される。前述のように、バイデン政権の「インフラ・投資雇用法」はクローチャー動議を経て、11人の共和党議員の支持を得て成立している。
クローチャー動議制は、ウィルソン大統領の要求に基づき、ベルサイユ条約を批准するために1917年に導入され、1919年に最初に適用された。当時は、出席議員の3分の2の支持を得れば、フィリバスターを終わらせることができた。1975年に上院規則の改訂が行われ、よりクローチャー動議を可決しやすくするために現在の60票になった。
近年、増え続けるフィリバスターの件数
図は、クローチャー動議が提案された件数、投票に掛けられた件数、可決された件数である(出所:米上院)。これを見ると、クローチャー動議は1970年代から増え始めている。これは民主党と共和党のイデオロギー対立が激化し、政治が両極化し始めて時期と一致している。
トランプ政権下の2019年から2020年の間に提出されたクローチャー動議の件数は328件で、採決に回された件数は298件、成立した件数は270件であった。これは共和党が多くの対決法案を提出したことを意味している。
バイデン政権下の2021年から最近時点までで既に202件提出され、158件が投票に付され、149件が成立している。これも共和党の反対がいかに強烈であるかを示している。
フィリバスターが使えない例外がある。一つは大統領指名人事だ。フィリバスターが行使されると省庁の人事が決まらず、行政が滞ってしまうため、1972年に上院規則の改訂が行われ、最高裁判事人事を除く大統領人事は出席議員の過半数の賛成で承認されることになった。もう一つは最高裁判事人事で、2017年に過半数の賛成で承認されるようになった。これを決めたのはトランプ政権である。2017年にトランプ大統領は最高裁判事にニール・ゴーサッチ連邦控訴裁判事を指名。民主党がフィリバスターを発動して同氏の承認を阻止しようとしたため、共和党は上院規則を変更して、最高裁判事人事を多数決で決めるルールを導入したのである。これは「核オプション(nuclear option)」と呼ばれる。つまり「究極の選択」ということである。これによって、トランプ大統領は民主党のフィリバスターを回避して3名の保守的な最高裁判事を指名し、共和党が多数を占める上院が承認している。
日米の“民主主義”に関する理解の相違
「フィリバスター」は、アメリカと日本の議会制民主主義に対する基本的な理解の違いを浮き彫りにしている。アメリカの政治制度の基本は「権力の集中」を避けることにある。「三権分立」は、それを表現したものである。行政と立法と司法が「相互チェック」することで、権力の分散を図っている。それは議会運営にも現れている。「フィリバスター」とは、「多数党の専制」を阻止し、少数党の「抵抗権」を認めるものだと理解されている。「立法の非効率」を犠牲にしても、多数党の横暴を阻止することが、アメリカ民主主義の根本原理に沿うことになる。
今回の民主党のフィリバスターの改正案に反対した共和党のマコーネル院内総務は「フィリバスター破壊はアメリカの政治統治の重要な内容を永遠に破壊してしまうことになる」と主張。「民主党の改訂要求は、投票自由法を成立させるという政治的な目的だけのために提案されたものである」と批判している。
他方、民主党は「アメリカの民主主義の基本である投票権は共和党の支配する州で制限されており、それこそがアメリカ民主主義の危機であり、上院規則を守るよりも重要である」と主張している。結果的には前述のように、フィリバスターが変更されることはなかった。
日本では、議事妨害は非難の的になる。かつては野党による「牛歩戦術」という投票を遅延させる妨害が行われていた。閣僚や内閣不信任案提出も議事妨害とみなされる。野党が何等かの議事妨害を行えば、メディアはこぞって批判する。「野党は反対ばかりしないで、“建設的提案”を行うべきだ」と非難する。だが、いかなる法案の譲歩や修正にも応じない与党に向かって「建設的提案」をするとはどういう意味であろうか。
日本では、議会制民主主義の本質は「多数決原理」にあると理解されている。一方、アメリカの民主主義では「多数決原理」より「少数者の権利」が重要視されている。民主主義の基本は、いかに少数者の意見を汲み取るかにある。たとえ国会で過半数の議席数を占めたとしても、国民の過半数の支持を得たわけではない。議席の過半数は、完全比例制ではない選挙制度の欠陥から得たものである。議席の過半数は国民の「白紙委任」を意味しているわけではない。
「党議拘束」を認め、「フィリバスター」を否定する制度は、民主主義的政府よりも「権威主義政府」を生み出すことになる。ちなみに中国共産党も「党内民主主義」を主張している。だが、党内での多様性を認めない限り、本当の民主主義とはいえない。敢えて日本の現状を容認できる場合があるとすれば、党が多様性を保証している場合であろう。かつての自民党は、そうした多様性を容認する政党であったが、現在は極めて“権威的な政党”になっているのではないだろうか。
中岡 望(なかおか のぞむ)
1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。ハーバード大学ケネディ政治大学院客員研究員、ワシントン大学(セントルイス)客員教授、東洋英和女学院大教授、同副学長などを歴任。著書は『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など