経済・企業

日本車の牙城タイに異変 急速に浸透する「中国EV」=泰梨沙子

長城汽車初の小型EV「オラ・グッドキャット」。丸みを帯びたデザインが特徴 筆者撮影
長城汽車初の小型EV「オラ・グッドキャット」。丸みを帯びたデザインが特徴 筆者撮影

 週末の午後、タイの首都バンコクで中国の自動車メーカー、長城汽車のショールームはコロナ禍にもかかわらず多くの人でにぎわっていた。

 2021年10月に新設されたばかりのショールームでひと際注目を集めていたのは、スポーツタイプ多目的車(SUV)「哈弗(ハーバル)H6」や小型電気自動車(EV)「欧拉好猫(オラ・グッドキャット)」だ。「ハーバルはファミリー層、オラは若者に人気」。販売員のタイ人女性が流ちょうな英語で説明する。オラは長城汽車初の小型EVで、丸みを帯びたデザインが特徴だ。タイで10月の先行販売開始からわずか48時間で6000件以上の受注があったという。

 価格は約99万バーツ(約330万円)で、日産自動車のEV「リーフ」のキャンペーン価格150万バーツ(約520万円)より3割安い。中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)が結ぶ貿易協定で、中国からタイへのEVの輸入に関税がかからないためだ。

 低価格に加え、環境問題への関心が高い若者世代の中国製EVへの注目度も高い。「中国ブランドの車は安くて若者受けするデザインが多い。EVは人気」。中国製EVを見ていたタイ人男性(自動車メーカー会社員、30代)は話す。

生産面の優位性に注目

 タイはトヨタ自動車やいすゞ自動車を筆頭とする「日本車の牙城」と知られ、新車販売台数のシェア約9割を日本勢が占めている。

 21年1~11月の新車販売は66・8万台。シェアではトヨタが31・8%で首位。以下、いすゞ24・8%、ホンダ11・5%と続く。市場規模は東南アジア最大級だが、ここ数年は中国企業の参入が相次ぎ、バンコク市内で中国製の自動車を見かけることも増えてきた。

 タイで「MG」ブランドを展開する上海汽車は、長城汽車に先駆けてタイの財閥CPグループと合弁で14年にタイで生産を開始。セダンや小型車などの生産台数は20年に10万台を突破した。20年10月にはプラグインハイブリッド車(PHV)もタイで生産。EVの主力モデルは中国から輸入し、約99万バーツで販売している。

上海汽車のEV「MG・EP」は約99万バーツという低価格が売り 筆者撮影
上海汽車のEV「MG・EP」は約99万バーツという低価格が売り 筆者撮影

 EVに限らず、MGブランドは手ごろな価格でタイでの販売が好調だ。21年1~11月の新車販売は前年比で横ばいだったが、上海汽車は11・3%増の2万7240台と2ケタの伸び。シェアも前年同期の3・6%から4・1%に拡大した。米フォード・モーター(4・2%)に次ぐ7位で、日本車では日産自動車(3・9%)を上回っている。

 一方、20年にタイに進出した長城汽車の同期の販売台数は2236台(シェア0・3%)。同社はタイ東部で米ゼネラル・モーターズ(GM)が操業していた工場を買収し、今後年8万台を生産し、タイを含むASEAN諸国向けに供給する予定だ。23年にタイでEV生産を開始する計画もある。

 中国商用車大手の北汽福田汽車は、上海汽車と同様にCPと合弁で、タイでトラックやミニバスを輸入販売している。21年11月には5車種のEVトラックを発表し、タイの商用EV市場に参入した。数年以内にタイでEVを含めた自社工場の建設も検討している。

 現地企業が中国製EVを導入する動きもある。20年にはスイス系流通大手DKSH(タイランド)が、中国の比亜迪(BYD)製のEVミニバンを自社の物流センターに導入した。

 なぜタイで中国勢によるEV参入が相次いでいるのか。タイと中国の投資・貿易を支援する泰国中華総商会のナロンサック会頭は「タイにはEV生産の投資優遇措置に加え、自動車産業のサプライチェーン(部品の調達・供給網)があり、他国と比較して生産面で優位性がある」と指摘、「中国の自動車メーカーはタイを先進国向けのEV輸出拠点、成長が続くASEANのEV生産拠点にしていきたいと考えている」という。

 日本が技術面で優位なガソリン車に対抗し、中国企業はEVや自動運転の機能を持つスマートカーで攻勢をかけたい思惑があり、東南アジアへの積極的な投資につながっているわけだ。

自前で充電スタンドも

 中国勢に比べ日本勢は慎重だ。タイ国内ではEVの充電スタンドが整備されておらず、EVは時期尚早との見方が強いためだ。しかし中国メーカーは、自ら充電スタンドを設置し始めている。MGブランドを販売する上海汽車のMGセールス(タイランド)によると、販売店など約150カ所で急速充電設備を設置。全国500カ所にまで増やす計画だ。

 長城汽車は、21年11月にバンコクで同社初の充電スタンドを開設。23年までに全国100カ所に充電スタンドを設置する方針だ。

 タイへの投資を助言する専門家からは、今後中国の自動車メーカーが日本企業の脅威になるとの予測も出ている。

「今後10年ほどで、タイの街中を走る自動車の4~5割は中国メーカーとなり、EVを支えるインフラはタイ大手、バッテリー製造はタイと中国の合弁企業が展開するだろう。タイの経済成長を支える外国企業は、かつての日本企業から中国企業に変わっていくのではないか」。タイ進出を図る日本企業や在タイ日系企業の支援を行うメディエーター社のガンタトーン最高経営責任者(CEO)は、こう予測する。

 タイでは依然としてEVの普及率は低く、20年の新車販売台数に電動車(ハイブリッド車、PHV、EV)が占める割合は約4%に過ぎない。ただタイ政府は、国内の自動車生産に占めるEVの割合を、30年までに3割にする目標でEVの購入価格を引き下げる政策を検討中だ。地元紙によると、向こう4~5年で総額400億バーツ(約1390億円)を投じ、1台当たり最大15万バーツ(約52万円)の補助金を計画。EVの調達は当面輸入がメインになると見ており、「輸入関税の引き下げも喫緊の課題」(アーコム財務相)という。

 政府は自動車メーカーに対し、EV普及の目標達成に向けた協力を要請。中国企業はこれに呼応する形で、積極的なEV戦略を打ち出している。

「日本車の牙城」が切り崩される日は、そう遠くない未来に訪れるのかもしれない。

(泰梨沙子・東南アジア専門ジャーナリスト)

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