国際・政治

日本に忍び寄る「大断水時代」 老朽化施設の更新費用が不足=吉村和就

 和歌山県で昨年10月3日、1級河川「紀の川」の上に架かる水管橋が突然崩落し、1週間にわたり約6万世帯(約13万8000人)が断水被害を受け、市民生活や経済活動に大きな影響をもたらした。崩落した水管橋は1975年に建設された。長さ546メートルで直径90センチの水道管が2本通っている。事故後、橋のアーチ部から水道管をつり下げている鋼管製の「つり材」4カ所が腐食し破断しているのが見つかった。破断はいずれも部材の連結部分で、潮風の塩分や雨水、鳥のフンなどがたまりやすいことが腐食を早めたと推測されている。(表の拡大はこちら)

 水管橋崩落の瞬間の映像(国土交通省近畿地方整備局和歌山河川国道事務所のビデオ動画)が全国に繰り返し放映された。SNSでは「風もなく、地震もないのに、突然、水管橋が崩落、途上国の映像かと思った」「鳥のフンで橋が落ちる日本の設計」といった声が上がった。また、グーグル・ストリートビューでは、つり金具の腐食破断の画像が明瞭に記録されていて話題となった。

 水管橋の復旧には、約17億円かかると試算されている。一方、和歌山市水道局の年間料金収入は約66億円(過去20年間で2割減)である。当然、内部留保金だけでは対応できず、国の財政支援が必要となるだろう。厚生労働省は昨年10月27日付で従来の「水道施設耐震化補助交付金メニュー(補助率3分の1)」に「水管橋耐震化等事業」を追加した。

 こうした水道インフラの老朽化による事故は、全国各地で頻発している。千葉県では昨年10月7日、地震で送水管から水が噴出した。宮城県でも同5月に発生した地震により仙台市内4カ所で水道管破損で漏水事故が起きた。

 これらの事故は氷山の一角である。日本水道協会の統計によると、毎年2万件以上の漏水事故が報告されている。背景には昭和30年代から高度経済成長期に敷設された配管網の老朽化や水道施設の耐震化の遅れである。国内の水道管の総延長72万キロ超のうち、耐用年数40年を超えた水道管は全国平均で17.6%、耐震化を終えた水道管は全国で40%しかない。

 しかも、老朽化した配管の更新率はわずか0.68%である。このままの更新率では、全国の老朽化配管を取り換えるためには約150年かかる計算となり、その間も老朽化が刻々と進む。

 今後、頻発する地震や地球温暖化による災害に水道システムが対応できないのは明白だ。世界に誇れる水道普及率98%の日本列島に大断水が忍び寄ってきている。

人口減で料金収入も激減

 特に老朽化が著しいのが水道配管であるが、更新費用が捻出できない状況にある。上下水道事業は、基本的には自治体(都道府県市町村)が水道料金収入による独立会計で運営している。だが全国的な人口減少や節水機器の普及、用水型産業の海外移転などにより急激に料金収入が減少している。

 総務省の地方公営企業の決算状況調査によると、料金収入ピークの2004年から16年までの12年間で料金収入が約2000億円減少している。また16年時点の日本の総人口1億2693万人が、20年までに358万人減少しており、厳しい水道事業経営に直面している。現在でも全水道事業体の3分の1が経費が収入を上回る原価割れに陥っている。

 総務省が公表した20年度の地方公営企業等の水道事業決算の概要によると対前年度比で水道料金収入が947億円減少した。近年の水道料金の減少幅を見ると18年度は前年度比で112億円減、19年度は同比で142億円減に対し、20年度の同比947億円減が際立っている。コロナ禍による巣ごもりで家庭用(単価が安い)の水道量の増加は見られたものの、逆に料金逓増率(使用量が増えるほど、水量当たりの単価が高くなる)の高い業務用の水道料金収入が減少したからである。

 追い打ちをかけたのは、コロナ禍対策として、各水道事業体が実施した水道料金の支払い猶予と減免制度(水道料金や基本料金の免除)である。支払い猶予は41億円(1085事業者)さらに全国513の水道事業体で実施された減免総額は約688億円である(21年12月15日時点)。本来、この減免総額688億円は水道施設の更新費用にも充当される金額である。

 厚労省の減免調査に回答した506水道事業者の事業規模別の分布は、①給水人口100万人以上は4事業者、②同50万から100万人は4事業者、③25万から50万人が29事業者、④給水人口25万人未満が469事業者──である。つまり、通常でも経営状態が厳しい給水人口の少ない事業体が多いことが示されている。コロナ減免でさらに老朽管の更新工事が延期または中止されることが危惧されている。

経営の見える化が必要

 19年に水道法の一部改正が行われ、これからの水道行政として、①広域化・統合化、②官民連携──が提唱された。だが、水道の広域化(近隣市町村と協業)は一筋縄ではいかない。

 平成の大合併の時に合併しなかった市町村、水道に限ると水道料金の安い所と高い所があると議会で賛成が得られない。統合化(複数の浄水場を整理)も危険性を秘めている。

 和歌山市の断水事故を見ても、断水被害を受けた河西地域には浄水場が存在していたが、統合化により廃止され、川をまたぐ水管橋に頼ることになったからである。官民連携も有効な手段であるが、年々減少する料金収入が明示されるなか、民間企業が喜んで参入するとは思えない。

 最後は、自治体の責務として市民に水道経営の実態を明らかにし、孫の代まで続く100年水道のために理解を頂き、水道料金の値上げを敢行すべきであろう。だが、受益者負担だけでは加速する老朽化に追い付かない中、公金の投入も視野に入れるべきであろう。

 現に経済安全保障法制に関する有識者会議は2月1日、小林鷹之経済安全保障相に「基幹インフラの事前審査項目」に水道を織り込む提言を行っている。国民の命にかかわる水道を守るために幅広い議論が必要である。

(吉村和就、グローバルウォータ・ジャパン代表)

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