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ロシア・ウクライナ侵攻は何が引き金になったのか㊦ ロシアとの外交を軽んじたアメリカとNATOの「誤算」=中岡望

    首都キエフから脱出しようとするウクライナの人々 Bloomberg
    首都キエフから脱出しようとするウクライナの人々 Bloomberg

    「日本人の知らないアメリカ」番外編、「ロシア・ウクライナ侵攻は誰が引き金を引いたのか」後編は、クリントン大統領からバイデン大統領に至るまでの、アメリカの指導者のロシア外交とウクライナ問題への対応について考える。>>前編はこちら

    ロシアを拒絶したNATO

     NATOは冷戦に対応するために1949年に12カ国で結成された。ただ冷戦中、NATOがソビエトに対して軍事行動を取ることはなかった。NATOの軍事行動が発動されたのは冷戦後、湾岸戦争、旧ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、ソマリア、リビアでの紛争の際である。NATO加盟国は、2014年にGDPの2%を軍事費に支出することで合意している。その目標に達しているのは加盟国の3分の1に過ぎない。それでもNATOの合計軍事支出は、世界の軍事費の57%を占める。NATOが巨大な軍事同盟であることに間違いない。ロシアが脅威を感じるには十分な規模である。

     プーチン大統領が指摘するように、NATOは冷戦終結後、東に向かって拡大した。現在の加盟国は30カ国で、その中にはソビエトから独立した共和国3か国と旧東側ブロックに属していた11カ国が含まれる。現在、ボスニア、ヘルツゴビナ、ウクライナの3カ国が加盟を検討している。

     ただプーチン大統領は最初からNATOを敵視していたわけではない。

     2000年にはクリントン大統領に対し、ロシアのNATO加盟を打診している。当時、ロシア経済は破綻しており、軍事力も衰退していた。西側の支援を得ることで危機打開を図ろうとしたのである。だが、クリントン大統領はプーチン大統領の提案を拒否した(Asia Times、2022年2月23日、「Biden throws Putin into Xi’s briar pitch」)。

     アメリカは、冷戦で勝利し、軍事力だけでなく、道徳性においても勝利したと過信していた。そして世界を自分のイメージで作り変えることができると信じ込んでいた。歴史はつまらないところで道を間違えたのである。

    プーチン大統領はかつてクリントン大統領に対し、ロシアのNATO加盟を打診している(2000年に沖縄で開催されたG8首脳会合に臨む両大統領)
    プーチン大統領はかつてクリントン大統領に対し、ロシアのNATO加盟を打診している(2000年に沖縄で開催されたG8首脳会合に臨む両大統領)

     1990年2月にアメリカのベイカー国務長官はゴルバチョフ首相に「NATOを1インチも東側に拡大することはない」と約束している。これが、プーチン大統領がNATOは約束を破ったと主張する根拠となっている。

     NATOの東方拡大は、米露間の主要な外交課題となった。2008年にジョージアが加盟した時、ロシアのラブロフ外務大臣は「NATOが我が国の国境に接近してくることはロシアへの脅威である」と警告した。だがNATOは「新規加盟に窓を閉じる気はない」とロシアの批判に反論している。最近では、2020年に北マケドニアのNATO加盟を認めている。1990年以降、15カ国が新たに加盟している。

     ウクライナがNATOに加盟すると、ロシアとNATOの間の緩衝地域が存在しなくなり、国境を挟んで直接対峙するようになる。プーチン大統領は2008年に「NATOがウクライナ加盟に動けば、ロシアの指導者は黙っているわけにはいかない。それはロシアに対する敵対行為である」と強い口調で語っている。こうした経緯が、ロシアのウクライナに対する「非武装化」「中立化」の要求の背後にある。

    アメリカにとっての脅威はロシアから中国に

     トランプ大統領はNATOに否定的で、その解体すら主張していた。バイデン大統領はNATOとアメリカの関係修復を主要な政策に掲げた。その一方でロシアのウクライナ侵攻を食い止めようと外交努力を重ねてきた。

     かつてオバマ大統領は、ロシアは“リージョナル・パワー”に過ぎないと軽視したが、バイデン大統領はロシアを“グレート・パワー”と認め、積極的にプーチン大統領と一対一での対話を進めてきた。ただロシアをかつてのような“超大国”とは見ていなかった。

     2021年3月にアメリカ政府は「国家安全保障戦略の中間ガイドライン」を発表している。そこでは、バイデン大統領は外交上の敵はロシアではなく、中国を想定していた。バイデン大統領は、ロシアは依然として脅威ではあるが、中国と違って経済的競争相手ではないと考えていた。

     バイデン政権はNATO拡大に関してプーチン大統領の要求を受け入れる気はまったくなかった。2021年2月、ブリケン国務長官は記者会見で「NATOは新メンバーを受け入れないと約束したことはない。“オープン・ドアー政策”はNATO条約の核心的な条文である」と語っている。バイデン政権は早い時点からロシアの要求は受け入れられないと宣言したのである。ウクライナ侵攻を巡る外交交渉は、この時点で既に破綻していたといえる。

    バイデン大統領にとって外交上の「敵」はロシアではなかった Bloomberg
    バイデン大統領にとって外交上の「敵」はロシアではなかった Bloomberg

     ウクライナ危機に直面して、バイデン大統領は2021年9月1日に「アメリカとウクライナの戦略的パートナーシップに関する共同声明」を発表。その中に「我々の関係はウクライナと周辺地域における安全保障、民主主義、人権を促進する礎石の役割を果たす」「21世紀において、いかなる国も軍事力によって国境線を引き直すことは許されない。ロシアはウクライナで、この原則を破った。主権国家は自ら決断し、自らの同盟国を選ぶ権利を有している。合衆国はウクライナの味方であり、ロシアに攻撃の責任を取らせるために協力する。ウクライナの主権と領土の一体性に対するアメリカの支持は揺るぎない」と書かれている。

     年初からアメリカやイギリス、フランスなどが、ロシアのウクライナ侵攻を食い止めるためにプーチン大統領と交渉を繰り返してきた。だが、テーブルにつく前から、交渉は破綻していた。交渉は互いに妥協し合うことで成立する。だがプーチン大統領と欧米の指導者の間の交渉には最初から妥協の余地はなかった。

     バイデン大統領とNATOはウクライナへ派兵はしないと明言していた。理由は、ウクライナがNATO加盟国ではないからである。だがそれはロシアの軍事侵攻を容認する意味合いしか持たなかった。アメリカもNATOも、本気でウクライナを守るという意思表示が必要な時に、逆に一歩引きさがったのである。

    ロシア人の半数は「ウクライナのNATO加盟の阻止」に賛成

     さて、ロシア人とウクライナ人は、ウクライナ軍事侵攻をそれぞれどう見ているのだろうか。

     まずロシア人の反応に関するCNNの世論調査を紹介しよう(Half of Russians say it would be right to use military force to keep Ukraine out of NATO, 2022年2月23日)。「ウクライナのNATOへの加盟を阻止するために軍事攻撃を行うのは正当化されるか」との問いに対して、50%のロシア人は「正当化される」と答えている。「間違っている」という回答は25%であった。これが多くのロシア人の本音である。

    「軍事力を使ってロシアとウクライナを統合」することに関しては、43%のロシア人は「間違っている」と答え、36%が「正しい」と答えている。ロシアではプーチン大統領の強硬姿勢を支持する人が半分存在するのである。

     逆に、ウクライナ人の70%は「ロシアが軍事力を使ってウクライナのNATO加盟を阻止するのは間違っている」と回答。また73%は「軍事力を使ってロシアとウクライナを統合しようとするのは間違っている」と答えている。軍事侵攻されたウクライナ人の立場からすれば、当然の結果であろう。

    「戦いが平和裏に終結するかどうか」という問いに対して、ロシア人の65%、ウクライナ人の43%が「イエス」と答えている。ロシア人と比べるとウクライナ人は極めて悲観的に状況を見ていると言える。

    アメリカはウクライナ問題に目を向けてこなかった Bloomberg
    アメリカはウクライナ問題に目を向けてこなかった Bloomberg

     CNNはロシアのジャーナリストのヴラデミール・ポズナー氏(Vladimir Pozner)に「NATO拡大はロシアにとって生存を脅かす脅威か」と質問している。同氏は「ウクライナがNATOに加盟し、NATO軍がロシアの玄関口(ウクライナ)に配置されたら、生存を脅かす脅威であり、認められない」と答えている。

     もうひとつ、興味深い世論調査がある(The Conversation, “Ukraine: a country wounded by eight years of crisis, 2022年1月20日)。まだロシアの軍事侵攻が始まる前の調査だが、33%のウクライナ人は「ロシア軍が侵攻してきたら武器を持って抵抗する」と答えている。21%が「非暴力で抵抗する」と回答、14.3%は「ウクライナ内の安全な場所に避難する」と答えている。9.3%は「ウクライナを出ていく」と答えた。また、18.6%は「ロシア軍に抵抗しない」と答えている。これも否定しようがないウクライナの“現実”なのである。

    ウクライナ侵攻から何を学ぶべきか

     軍事力を行使することは絶対的に認められるべきではない。しかし、争いには必ず理由がある。ロシアのウクライナ侵攻を理解するためには、ウクライナが抱える国内問題、ロシアとウクライナの長年の相克、プーチン大統領のNATOに対する懸念などを正確に理解する必要がある。

     テレビやメディアで発言する外交評論家がいるが、残念ながら、彼らの発言の多くは問題の表面しか見ておらず、印象的なコメントに終始している。事態は極めて深刻である。ロシアの軍事侵攻は、今後の世界の安全保障の仕組みを根底から変える可能性もある。

     ウクライナ侵攻に至る過程を詳細に分析すると、いかに外交が失敗したのかが明らかになる。「誤解」と「傲慢」と「無知」が戦争を引き起こし、人々を死に追いやる。

     喫緊の問題は、いかに停戦を実現するかであるが、それは既に説明したように容易ではない。どちらかが疲れ切るまで妥協の余地はないのかもしれない。おそらくウクライナには勝ち目はないだろう。バイデン大統領は「ロシアに代償を支払わせる」と言っているが、それは「経済制裁」によるもので、効果が出るには時間がかかる。残念ながら、ウクライナは大国のエゴの犠牲になり、悲惨な状況に追い込まれるだろう。

     ウクライナ問題の帰結如何で、将来の安全保障問題は基本的に変わってしまうかもしれない。戦後続いた世界の安全保障体制が根本から崩れる可能性もある。そうした事態を招いた各国の指導者の責任は重い。

    中岡 望(なかおか のぞむ)

    1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。ハーバード大学ケネディ政治大学院客員研究員、ワシントン大学(セントルイス)客員教授、東洋英和女学院大教授、同副学長などを歴任。著書は『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など

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