ハーバードは「人種差別」をしているのか㊦ 「アジア人が泣きを見ている」 と主張する保守派の狙い
前編では、黒人が長く大学進学の道を閉ざされてきたこと、黒人の大学教育はアファーマティブ・アクションを通して実現したことを論じてきた。ある時を境に、今度は白人受験生の側から、アファーマティブ・アクションは「逆差別」とする主張が出始める。後編では、アファーマティブ・アクションをめぐる法廷闘争についてみていこう。
「アファーマティブ・アクションは“逆差別”」と主張する白人受験生
1996年、白人受験生のチェリル・ホップウッドが、テキサス大学が入学選考に際して人種的要素を考慮に入れるのは「法のもとでの平等を規定する憲法修正14条に違反する」として、訴訟を起こした。同裁判は「ホップウッド対テキサス裁判(Hopwood v. Texas)」と呼ばれている。
連邦控訴裁はテキサス大学法律大学院のアファーマティブ・アクションに基づくプログラムの差し止めを命令した。最高裁も同大学院の上告を退けた。この結果、同大学院では、毎年平均31人の黒人学生が入学していたのが、わずか4人にまで減った。
こうした状況を受け、州議会は公立大学に対して高等学校でトップ10%の成績を上げた黒人受験生を自動的に受け入れることを義務付ける法律を成立させた。また2003年に最高裁は「ホップウッド対テキサス裁判」の判決を覆す判決をくだしている。その判決によって、アファーマティブ・アクションの合法性が初めて認められたのである。
1978年、再びアファーマティブ・アクションの合憲性を巡る訴訟が起こされた(「カリフォルニア大学理事会対バッケ裁判―Regents of the University of California v. Bakke」)。
元海兵隊員で白人のアラン・バッキーはカリフォルニア大学デービス校医学部を受験したが、入学を認められなかった。大学は、バッキは30歳を超えており、医学を学び始めるのは遅すぎると判断した。だがバッキは、入学が認められなかったのは、大学が少数民族の受験生を優遇したためであり、少数民族の受験生が自分よりも成績が悪いにも拘わらず入学が認められたのは「法の下における平等を規定した憲法修正第14条に反する」として、大学の理事会を相手に訴訟を起こした。
カリフォルニア州最高裁はバッキの主張を認め、入学を許可する判決を下す。大学は上訴し、最高裁は「入学に際して人種を考慮することは合憲」であるとした。
判決の中で5人の判事は、「一般的な多様性」のために人種を考慮することは合憲であるが、具体的な人種による「割り当て」(クオータ)を設定するのは違法であると判断した。カリフォルニア大学は100人の定員に対して16人を黒人などの少数民族に割り当ており、その点について違法とした。
いずれにせよ、カリフォルニア州最高裁が出した「選考過程で人種を考慮することを禁止する」という判決は、覆された。この判決によって最高裁は、アファーマティブ・アクションの合憲性を正式に認めたのである。
ちなみにバッキは入学が認められ、無事卒業している。
最高裁判決が大学のアファーマティブ・アクションを容認
アファーマティブ・アクションの合憲性に関する裁判は、繰り返し行われてきた。
2003年、最高裁は「グラッター対ボリンジャー裁判(Grutter v. Bollinger)」で、大学のマイノリティの学生の確保を合法とする判決をくだした。この裁判では、ミシガン大学法律大学院を受験したバーバラ・グラッターが、同大学院が受験生の選考過程で「一部のマイノリティ」の受験生を優遇しているのは違法であると訴えていた。
大学院は、優遇措置を講じていることを認め、「状況を変えるのに必要な数(critical mass)」のマイノリティの学生を確保することは州の利益に叶うと主張していた。
最高裁は、選考過程で受験生の学力や課外活動など個別の受験生の状況を考慮に入れている限り、「数が過少なマイノリティ・グループ(underrepresented minority group)」を優遇することは憲法修正第14条の法に基づく平等の原則に反しないと判断した。
同判決で多数派意見を書いたサンドラ・デイ・オコーナー判事は「憲法は多様な学生を受け入れることで教育上の恩恵を得るという重要性を促進するために、同大学院が選考過程で目的を限定して人種を使うことを禁止していない」と指摘している。続けて「人種に基づいた選考政策をいつまでも使ってはならない。最高裁は、25年後には、現在認められている多様性を促進するために人種優先による選考方法が必要なくなることを期待している」とも記している。
すなわち、将来、黒人受験生が優遇されなくても白人学生と同等な競争が行われるようになり、アファーマティブ・アクションが必要なくなる日が来ることが好ましいと指摘したのである。25年後とは、2028年である。それまでにアファーマティブ・アクションが必要ない社会になっているのだろうか。
さらに2016年6月に最高裁は、「フィッシャー対テキサス大学オースチン校裁判(Fisher v. University of Texas at Austin)」でも、同様の判決をくだした。この裁判では、受験で不合格となった白人のアビゲイル・フィッシャーが、同大学がアファーマティブ・アクションに基づく選考を行っていることが白人受験生に対する差別行為であると訴えていた。
最高裁は、「グラッター対ボリンジャー裁判」の判決に依拠しながら、同大学の入学選考政策は「学生の多様性」によってもたらされる「教育的恩恵」を認め、大学が選考過程で人種要因を考慮することは合憲であるという判断を下した。「教育的恩恵」には「人種的偏見の打破、人種間の理解の促進、学生の多様化する職場や社会に向けた準備、社会的指導者の養成」などが含まれる。
こうした裁判を通じ、一定の制約のもとで「社会の多様性」を促進する手段として、大学が選考過程でアファーマティブ・アクションを活用することが社会的に認められるようになったのである。
ハーバード大学とノースカロライナ大学は「アジア系学生」を差別しているのか
話を元に戻そう。
現在、上述のようにハーバード大学とノースカロライナ大学の入学選考に関するアファーマティブ・アクションの合憲性が争われている。原告のSFFAは、黒人とヒスパニック系アメリカ人の応募者を優先することで、入学を拒否された“他の人種”の学生に損害を与えていると主張している。
2つの訴訟で特徴的なのは、単に「白人学生に対する逆差別」と主張しているのではなく、「白人とアジア系アメリカ人、アジア系学生が差別されている」と主張している点だ。特にハーバード大学に関しては、「黒人とヒスパニック系アメリカ人が優遇されている」と指摘している。
日本でも、高校卒業後、直接アメリカの大学への留学を志望する学生が増えている。アメリカの大学院への入学希望者も少なくない。アメリカの大学がアジア系学生を差別しているとすれば、日本の学生たちも心穏やかではいられないだろう。
SFFAが最高裁に提出した「裁量上訴令状(Petition for Writ of Certorari)」は、争点を次のように指摘している。①最高裁は2003年の「グラッター対ボリンジャー裁判」を破棄し、高等教育機関は入学選考に際して人種ファクターを利用できない判決を出すべきではないのか、②公民権法第6章は人種に基づく入試を禁止している。ハーバード大学はアジア系アメリカ人の応募者を不利に扱い、人種的バランスを図り、人種を過剰に重視し、現実的な人種中立的代替案を拒絶することで公民権法第6章に違反しているのではないか――。
具体的な差別の例として、「アフリカ系とヒスパニック系アメリカ人学生はPSAT(高校生が大学受験のために受ける模擬試験)の点数が1100点ならハーバード大学への出願を勧められるが、白人学生やアジア系学生は1350点が要求される」「アジア系アメリカ人の応募者は他の人種グループよりも高い点数を取らなければならない」「ハーバード大学は田舎で生まれ、ずっと田舎で育ってきた白人学生を選び、アメリカに1~2年しか住んでいないアジア系学生を選ばない」などということが記載されている。
SFFAはさらに、2009年から2018年の間の新入学生の人種別比率の統計を示し、9年間、人種構成がほとんど変わっていないことを指摘し、“人種割当”が行われていると主張している。その構成とは、アフリカ系の学生が平均12%、ヒスパニック系の学生が12%、アジア系アメリカ人学生が19%である。
さらに訴状の中では、「学部長リスト」が存在し、巨額の寄付をした人物の子弟に対する特別な配慮が行われているとも指摘している。ただ、こうした指摘に対して、ハーバード大学は「誤った統計と誤った解釈だ」と原告の主張を否定している。
背後で暗躍する保守派の活動家エドワード・ブラム
法廷闘争の背後には保守派とリベラル派の対立がある。保守派は、アファーマティブ・アクションは白人に対する逆差別であると主張してきた。2つの訴訟の原告はいずれもSFFAで、これは保守派の活動家エドワード・ブラムが組織したものである。ブラムは大学の選考に不満を持つアジア系アメリカ人を募集し、彼らを組織化し、アファーマティブ・アクションを廃棄に追い込むために訴訟を相次いで起こした。
米国自由人権協会(ACLU)のサラ・ヒンガー弁護士は「訴訟の背後にある動機は多様化プログラムと市民権保護を骨抜きにするために有色人種のコミュニティの亀裂の種を蒔くことだ。ブラムは弁護士ではないが、長い間、裁判を利用して市民権を攻撃してきた」(”Meet Edward Blume, the Man Who Wants to Kill Affirmative Action in Higher Education”, 『ACLU』、2018年10月18日)と指摘している。
例えば、ブラムは、テキサス大学のアファーマティブ・アクションを巡る「フィッシャー対テキサス大学裁判」(2013)、1965年投票権法を骨抜きにした「シェルビー郡対ホルダー裁判」(2013年)などに直接関与してきた。最高裁が保守派に牛耳られた現在、ブラムの野望は一歩前進することになるかもしれない。
ちなみに最高裁は、女性の中絶権を認めた「ロー対ウエイド判決」の審理を行うと発表している。ロー対ウエイド判決は保守派とリベラル派の最も激しく対立する争点であり、最高裁は同判決を覆すとの見方が強い。
最高裁の判断次第では黒人大学生が激減する可能性も
もしアファーマティブ・アクションに違憲判決が出たら、黒人学生にどのような影響が出るのであろうか。
過去に入学選考で人種を考慮するのを禁止した州の例がある。1996年にカリフォルニア州で州立大学の入学選考で人種を考慮することを禁止する「提案209号」が住民投票で可決された。その結果、黒人とヒスパニック系アメリカ人の大学と大学院進学率が大幅に低下した。
また、幾つかの州が大学入試選考で人種を考慮しない決定をくだしたことがある。ミシガン州は2006年に公立大学で入試に際して人種を考慮することを禁止する決定をしている。その結果、ミシガン大学の黒人学生の比率は、禁止前が9%であったのが、禁止後は4%にまで低下した。
ミシシッピ州の高校卒業生の約半分は黒人だ。だが2019年時点でミシシッピ大学の新入生のうち黒人学生は10%に過ぎない。同州では2012年以降、黒人の新入生に占める比率は低下し続けている。アラバマ州では高校の卒業生の30%以上が黒人であるが、州立大学のオーバーン大学の黒人入学生は5%に過ぎない。同大学の学生数は増加しているにもかかわらず、現在の黒人学生の数は2002年よりも少なくなっている。
全国的に見ても、過去20年間にトップ101の大学に通う黒人学生の数は約60%減っている。
もしアファーマティブ・アクションが違憲と判断されたら、黒人差別を禁止し、教育の機会を与え、黒人に“結果の平等”を確保するために行われてきた運動が、重大な危機に直面することは間違いない。
中岡 望(なかおか のぞむ)
1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。ハーバード大学ケネディ政治大学院客員研究員、ワシントン大学(セントルイス)客員教授、東洋英和女学院大教授、同副学長などを歴任。著書は『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など