週刊エコノミスト Online日本人の知らないアメリカ

「アメリカ合衆国」という“誤訳”がアメリカを理解できない最大の原因である=中岡望

独立当初の州を示す13本の横じまと、現在の州を示す50個の星からなる星条旗。まさに「合“州”国」の旗だ
独立当初の州を示す13本の横じまと、現在の州を示す50個の星からなる星条旗。まさに「合“州”国」の旗だ

 私たちには理解できない、世界一の超大国アメリカの全貌に迫る連載「日本人の知らないアメリカ」。今回のテーマは「誤訳」。学校で教えられる「アメリカ合衆国」や「独立戦争」は、明らかに誤訳である。この誤訳こそが、日本人がアメリカ社会の本質を理解できない原因の一つであるといえる。ではなぜこんなことが起きるのか。3回に渡っておとどけする。

アメリカは州の「連合体」

 誰が、いつ、「アメリカ合衆国」という表現を考え出したのか、分からない。日本人がアメリカを理解できない最大の要因は、この誤訳にあると言っていい。最初に「アメリカ合衆国」と訳した人物は、「アメリカは民主主義国家」であるということを過度に意識したのであろう。

 英語表記は「the United States of America」。これを正確に訳すと、「合州国」である。アメリカは13の植民地が協力して独立を勝ち取った。国家体制は州の「連合体」である。最初の憲法である「連合規約」の第1条に「本連合体はthe United States of Americaとする」と書かれている。

 連合規約の第2条には「各州は、合州国に移譲すると規定されていない主権と自由、独立を維持し、すべての権力と司法権を維持する」と記されている。この表現は現在の憲法にも引き継がれている。憲法修正第10条は、次のように規定している。「この憲法が合衆国に委任していない権限または州に対して禁止してない権限は、個々の州または国民に留保される」。

 要するに、連邦政府(合衆国)に委任された権限以外は州政府の権限に留まるということ、つまり基本的な権利は州に属するということである。その結果、連邦政府と州政府の間で連邦政府の権限を巡る争いが頻繁に起こっている。過去には、州政府が連邦政府の法律を無効化(nullification)するケースも起きている。現在も、連邦政府の政策が州権を侵害しているとして、州政府側が頻繁に訴訟を起こしている。

保守派の人々は、連邦政府に対する根強い不信感を持っている Bloomberg
保守派の人々は、連邦政府に対する根強い不信感を持っている Bloomberg

 さて、連合規約では、連邦議会は13州の代表によって構成され、各州は1票と投票権を持つと規定されている。連合規約を改正するには全会一致が条件であった。当時の政治体制は、連邦議会が行政機能も果たしていた。連邦政府が設立し、大統領制が導入されるのは、憲法制定後である。当時、連邦議会には課税権も常設軍を持つ軍事権も認められていなかった。いわば連邦政府は13州の「連合体」でしかなかった。最大の任務は、州間の紛争の処理であった。

 こうした考え方は現在でも引き継がれ、「連邦主義(Federalism)」「州権主義」と表現されている。各州は独自の憲法や州法、裁判制度を持っている。選挙制度も異なっている。アメリカの保守派の人々は、連邦政府に対する根強い不信感を持っており、政策は州政府を中心に行うべきだと主張している。

大統領は有権者ではなく州が選ぶ

 アメリカでは、大統領選挙も州単位で行われる。通常、大統領は有権者の投票によって選ばれるが、アメリカでは、州が大統領を選ぶ。各州で選挙し、最高の得票を得た候補が、州に割り当てられた選挙人を全て獲得する。これは「勝者総取り(Winner Takes All)」と呼ばれる。勝敗を決めるのは、獲得した選挙人の数。有権者の投票で勝利しても、選挙人の数で負ければ、当選できない。すべて州が基本なのである。

 アメリカの映画を見ていると、犯罪者を追跡していたパトカーが、犯人が州境を越えると、それ以上の追跡をせず、引き返すシーンがある。警察組織も州によって異なる。そのため、州をまたいで行われる犯罪を捜査する機関として「連邦調査局(FBI: Federal Bureau of Investigation)」が設立された。所得税も消費税も相続税も州によってまったく違う。だが、「合衆国」と訳したことで、多くの日本人はアメリカの政治機構の本質を理解できくなってしまったのである。

アメリカには「南北戦争」という言葉は存在しない

 アメリカ社会を理解するうえで極めて重要な歴史的出来事は、「南北戦争」である。ただ、アメリカには「南北戦争」という言葉は存在しない。

 英語表記は「The Civil War」。すなわち、「内乱」「内戦」を意味する。日本では、これを「南北戦争」と誤って表現し、「南北戦争は奴隷解放戦争である」と教える。だが実際には、「The Civil War」は奴隷解放のために戦われたのではなく、南部諸州が「南部連合(the Confederation)」を結成し、連邦からの「分離独立」を目指す戦争だった。

 連邦に州として参加するには連邦議会の承認が必要であった。憲法第4章第3条第1項に「連邦議会は新しい州がこの連邦に加入することを認めることができる」と書かれている。新しい土地はまず、アメリカの「領土(territory)」となり、そこでの行政実績に基づき、連邦への加入を申請する。議会が承認して初めて、領土は州となる。

南部の州は州権主義を主張した
南部の州は州権主義を主張した

 一方、連邦からの離脱を求めた南部連合は、連邦への加入は“自発的”に行われたものであり、連邦からの離脱も可能であると主張した。

 なぜ南部連合は連邦からの離脱を求めたのか。背景には、まず経済的な問題があった。南部は農業地域で、農産物をヨーロッパに輸出していた。他方、北部の州は産業や金融が主要な産業であった。南部と北部は、まず関税政策で対立する。北部は産業育成のために関税の引き上げを主張する。他方、関税引上げはヨーロッパ諸国の報復的な関税引き上げを招き、南部の主産品の農産物の輸出が困難になると反対した。この対立は新政府ができて以来ずっと続いてきた。

 南部の州と北部の州の間には、国家観の違いもあった。南部諸州は農業や中小企業が主体の地域で、連邦主義(州権主義)を主張した。これに対して製造業や金融が栄える北部諸州は、海外における利権を守るために強力な中央政府が必要であると主張した。農本主義的な南部諸州と近代化が進む北部諸州の間には文化的な違いもあった。

奴隷解放は南北戦争の直接的原因ではない

 奴隷制度に関して言えば、北部諸州は自由州、南部諸州は奴隷州であった。ただ、奴隷制度についての考え方の違いは、南北の間に存在する多くの違いのひとつに過ぎず、それ故に内乱の直接的な原因にはならなかった。

南北戦争を「奴隷解放戦争」ととらえると、歴史を見誤る
南北戦争を「奴隷解放戦争」ととらえると、歴史を見誤る

 リンカーン大統領は奴隷解放主義者であったが、武力によって奴隷を解放する意図はまったく持っていなかった。就任演説でリンカーン大統領は「私は奴隷制度に直接的、間接的に干渉する意図はまったくもっていない。私は干渉する権限もないし、干渉する気もない」と語っている。「奴隷州を選ぶのか、自由州を選ぶのかは州の権限であって、連邦政府に干渉する権利はない」という態度を示し、南部諸州の分離独立の動きを牽制した。実際、南部諸州が南部連合を樹立したのは、リンカーン政権が奴隷解放政策を取る前のことだ。

リンカーン大統領には、武力で奴隷を解放する意図はなかった
リンカーン大統領には、武力で奴隷を解放する意図はなかった

 実際に奴隷解放宣言が出されたのは、戦争が始まった2年後。正式に奴隷制度が廃止されるのは1865年に憲法修正第13条が批准された後である。ただ、奴隷制度廃止後も、南北の対立は終わったわけではない。連邦軍による南部支配が終わると、南部連合の有力者は州政治に復活した。これを「南部復古」という。南部では、奴隷制度に代わる「解放奴隷に対する人種差別」、すなわち「黒人差別」が強化された。「ジム・クロウ法」によって投票権も制限された。黒人に投票権が保障されたのは、1965年の投票権法の成立によってである。

 現在でも少数ではあるが、南部の分離独立を主張するグループは存在する。彼らは現在でも南部連合の旗を掲げて行動している。南部と北部の基本的な対立構造は何も変わっていない。「南北戦争」という言葉を使うと、こうした構造的な問題が見えてこないのである。

つづきはこちら>>「アメリカの「政教分離」は「政治と宗教の分離」ではない

中岡 望(なかおか のぞむ)

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。ハーバード大学ケネディ政治大学院客員研究員、ワシントン大学(セントルイス)客員教授、東洋英和女学院大教授、同副学長などを歴任。著書は『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など

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