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小説 高橋是清 第184話 浜口内閣の十大政綱=板谷敏彦

(前号まで)

 各国が金本位制に復帰する中、浜口新内閣は金解禁に舵を切る。是清の薫陶を受けた井上準之助が大蔵大臣に就任、混迷する経済界の立て直しを図る。

 昭和4(1929)年7月2日、立憲民政党浜口雄幸内閣が発足した。

 翌日夜、大蔵大臣井上準之助は日本銀行総裁土方久徴邸を訪問した。そこには深井英五副総裁も招いてあった。

 土方は井上に次ぐ日銀生え抜き2人目の総裁だが、日銀土方時代は副総裁である深井の影響が大きかったと言われている。

 井上は2人に早速金解禁断行の方針を伝えると、そのための準備について話し合いを始めた。

 井上はやる気満々である。閣議では実施中の昭和4年度予算を総点検しようと言い出した。金解禁のための緊縮財政への転換である。

 議会で決めた予算を内閣が勝手に変更するのは憲法違反だと疑義も出たが、予算は最大使用限度額であるから減らすことはかまわないというような、前のめりの井上のいわば屁理屈(へりくつ)がまかり通った。

国際協調と金解禁

 かくして組閣後1週間、7月9日の閣議では、内閣の施政方針を十大政綱としてまとめて、その日の夕刻には世間に向けて発表した。

一、政治の公明

二、国民精神作興

三、綱紀の粛正

四、対支外交刷新

五、軍備縮小の完成

六、財政の緊縮整理

七、国債総額の逓減(非募債と減債)

八、金解禁の断行

九、社会政策確立、国際貸借の改善、関税改正

十、教育の改善、税制整理、義務教育費国庫負担の増額、農村経済の改善など

 一から三はよくある精神的な目標である。四は「軽々しく兵を動かすは固(もと)より国威を発揚する所以(ゆえん)にあらず」と前置きし安易に大陸に派兵した田中内閣と軍部の動きを牽制(けんせい)したもので、五とともに浜口内閣の軍縮と国際協調に徹する意思を示している。そしてこの中でも眼目となるべき大きな政策は八の金解禁の断行であった。財政関連の六、七、八、九はそれに関連した項目となっている。

 国際協調と金解禁の二つが浜口内閣の特徴だ。

 1919年に米国が金解禁を実施して、金本位制に復帰して以来、24年にはスウェーデン、ドイツ、25年英国、オーストラリア、オランダ、アルゼンチン、スイス、26年フィンランド、カナダ、ベルギー、27年デンマーク、イタリア、28年ノルウェー、フランスと金解禁を実施して、先進国では日本だけが取り残された状況となっていた。

 第一次世界大戦で五大国の一角にまで上り詰めた日本としては面目が立たない状況だった。

 また国内においても1928年10月5日には、うち続く不景気の根本対策として、東京商工会議所役員会が、続く8日には東京手形交換所経済調査会が大阪手形交換所と共同で金解禁決議を発表するなど、産業界にも銀行界にも金解禁という機運は盛り上がっていたのである。

 一方で株式市場が金解禁の風説から動揺したりすると、東京経済連盟会が井上準之助らに政府の意向を尋ねさせたように、金解禁の影響がどのようなものか、必ずしも正確に認識されていたわけではなかったのだろう。

 浜口は金解禁のために「全国民に訴ふ」というリーフレットを作成して国民に配った。またラジオを通じて「経済難局打開について」と題した放送演説を行い金解禁実行に向けての気炎をあげた。

「我が国は今や経済上実に容易ならざる難局にあります。産業は萎縮沈水し、貿易は連年巨額の輸入超過を続け、正貨は減少し、為…

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