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小説 高橋是清 第185話 新平価論4人組=板谷敏彦

(前号まで)

 立憲民政党浜口雄幸内閣が発足、大蔵大臣に就任した井上準之助は予算の総点検を求め、国際協調と金解禁、緊縮財政を柱にした十大政綱が発表される。

「(世の中には)いわゆる自叙伝も数多いが、その中からベストテンを選ぶとなると、福沢諭吉の『福翁自伝』、河上肇の『自叙伝』とならんで、『高橋是清自伝』が入るに違いない」

 伝記文学の巨人、小島直記はこう書いた。

 今でも中公文庫で入手可能な『高橋是清自伝』の出版は昭和11(1936)年であるが、もとになった文章は昭和4年1月から東京朝日新聞夕刊に連載された『是清翁一代記』である。

 朝日新聞の連載開始に当たっての紹介文は「波乱を極めた一生を顧みて、閑窓に語り出(い)ずる翁の自伝」という、是清をある意味で「上がりの人」として扱っている。確かに是清はこの年すでに74歳であった。

旧平価か、新平価か

 さて、昭和4(1929)年7月9日に浜口雄幸内閣は十大政綱を発表したが、同月29日、井上準之助大蔵大臣は昭和4年度一般会計当初予算に対して5%、9100万円減の緊急実行予算を発表した。治水や港湾改良費、陸海軍の整備費などまで削った予算である。さらに井上は、来年度予算はもっと緊縮したものになるだろうとほのめかした。

 この時ドル・円は円安で100円=44・625ドルである、井上はここから国民の節約と緊縮財政によって輸入を減らし物価を下げて、つまり円の価値を上げて、49・846ドルの昔のレート(旧平価)まで回復させてそこで金解禁を実行しようというのである。

 それはデフレーションと不景気を意味したが、それまでは官民あげて我慢しようではないか、「しばらく我慢すれば、金本位制に復帰して日本経済は必ず良くなる」と井上は説明した。

 浜口と井上は「公私経済緊縮運動」とよばれる活動に邁進(まいしん)した。ラジオはあったが、テレビはない。彼らはパンフレットを作り、全国を訪ねて講演をして広く国民に訴えたのである。

 大阪・中之島の中央公会堂での井上の大演説会は雨天にもかかわらず5000人の聴衆がつめかけ立錐(りっすい)の余地なし、演説が終わるや聴衆は総立ちとなって万歳を絶叫、これに感動した井上もしばらく顔を上げられなかったという。

 かくして日本商工会議所は政府の金解禁方針支持の意向をまとめて緊縮政策賛成の決議案を決定、大阪実業連合組合会などそのほかの経済団体の賛成も得たのであった。

 また翌昭和5年2月には第17回衆議院議員総選挙が控えていた。立憲民政党は選挙前議席173と立憲政友会の237に比べて劣勢である。争点は経済政策の金解禁と軍縮、不透明に終わった満州某重大事件(張作霖爆殺事件)の処理に対する評価などであった。この極端な緊縮に対する審判はそこで下されるであろう。

 一方でこの当時、国際決済銀行(BIS)の設立協議が欧州で行われており、そこでは金本位制に復帰していない日本の参加資格が問われる問題が発生していた。第一次世界大戦で獲得した五大国としてのプライドは危機に瀕(ひん)していた。

 さらに2年先の昭和6年には、日露戦争時の戦時公債2億3000万円の償還が迫っており、この借り換え債発行を成功させるためにも、できれば金本位制を復活させたかった。

     *     *     *

 こうした浜口、井上に対抗する勢力があった。

 第169話「よみがえる金本位制」にも書いたが、この当時の日本の金解禁の議論はその是非ではない。金本位制に復帰するのであれば、第一次世界大戦以前の旧平価なのかあるいは現状の為替に合わせた新平価なのか、が争点であった。

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