EVで巡る日本のSDGs最前線⑥(終)7代目が「幻の米」で酒造り、「液肥」でブランド野菜の情報発信拠点、「真庭な人びと」が輝く5エリアの観光資源
最後は、真庭市の観光資源について語りたい。2005年に9町村が合併して誕生した真庭市は、広さは東京23区の1.3倍と広大だ。①蒜山高原、②湯原温泉郷、③勝山・久世、④北房・落合、⑤新庄・美甘――の五つの観光エリアがある。今回のツアーでは、このうちの、蒜山、湯原、勝山・久世を巡った。蒜山では「GREENable HIRUZEN」で産官学のパネルディスカッションに参加、勝山・久世では真庭市役所とバイオマス集積基地と発電所、それに、「御前酒蔵元」辻本店、真庭あぐりガーデンを訪れ、湯原温泉では旅館「八景」に宿泊した。
創業1804年、7代目が挑む幻の米「雄町」での酒造り
「御前酒」の辻本店は、連載の4回目でも紹介した。ツアー初日に、辻本店が経営する複合施設「西蔵」の中にある食事処で、地元の素材を生かした素敵な昼食をいただいた。辻本店は文化元(1804)年創業で、美作勝山藩に酒を献上していたので、「御前酒」の銘を持つ。ご主人の辻総一郎・代表取締役は7代目で、「幻のコメ」と呼ばれる「雄町(おまち)」で酒造りをしている。雄町は1859年に発見された稲の原生種で、背の高さが150cmと普通の稲に比べて非常に高いのが特徴だ。95%が岡山県で作付けされている。背が高いので、台風の影響の少ない岡山が適しているためだ。また、岡山は晴れの日が多く、砂地で水はけのよいところも雄町に向いているという。
等外の米もちいた「サステナブルな日本酒」も
米には下は3等、上は特上まで等級がある。辻本店では、3年前から雄町の特上を使った酒造りを目指している。しかし、雄町は1859年以来、特上がたった1度しか出たことがないという栽培の難しい品種で、「残念ながら、まだ、特上は出ていない」(辻さん)。しかし、一つ下の「特等」でも「間違いなく岡山県産で一番良いお米」で、これを使った純米大吟醸「特等雄町2.2」は720ml(4合)で3万円(税別)する。
辻本店はサステナブルな取り組みにも熱心で、本来ならせんべいなどの材料になる等外の雄町を50%磨いた「等外雄町50」を醸造している。「等外のお米でも十分に良い酒が造れることが分かった」(辻さん)。一本1600円だが、すでに今年の分は完売してしまったという。なお、辻さんの姉の辻麻衣子さんは、2007年から「御前酒」の杜氏を務めている。幻の米を使った酒造りと言い、1994年に和久井映見の主演で大ヒットしたドラマ「夏子の酒」を彷彿とさせる。
地域横断の醸造チームで酒粕から「赤酢」
また、漬物の作り手であるおばあさんたちがいなくなり、数年前から余りがちだった酒粕を活用するため、地元の醸造業者と地域横断的な「HACCOUS(ハッコウズ)」というチームを結成した。日本酒のほか、みそ・酢、ワイナリー、クラフトビール、チーズなど発酵業を生業とする30~40代の若手が連携している。こうした中から、酒粕を使った「赤酢」(河野酢味噌工場)が誕生した。赤酢は江戸前の赤みがかったシャリに用いられる。ツアーの昼食でも手毬寿司ともずく酢に使われている。
このような地域連携の動きは、辻さんの父らが1992年に設立した「21世紀の真庭塾」に源流を持つ。しかし、辻さんによると「当時の真庭塾に比べ、現役世代はまちづくり活動を行う人が格段に増え、真庭の中でもたくさんのまちづくり組織が活動している」という。
2019年にDMO真庭観光局、若手メンバーがまちづくりの担い手に
2019年にDMO(観光地域づくり法人)真庭観光局が発足。それまでは、旧町村ごとに各観光協会がそれぞれに活動していたが、観光局が出来たことで、その傘下に各観光協会が組織された。観光局の主な役割は、旧町村エリアで活躍する若手メンバーを地域づくりマネージャーとして企画立案させ、予算をつけること。事業は、イベントプロジェクト、発酵ツーリズム、真庭めぐりコミュニケーション、真庭のお寺活用ネットワーク、情報発信・地域連携、交通環境整備、おむすびプロジェクト、真庭ブライダルツーリズムなど各種あり、13名の地域づくりマネージャーが活躍している。「職種は色々で、観光施設の経営者、老舗旅館の経営者、お寺に嫁がれた方、木工職人、料理宿の女将、タクシー屋、料理屋兼サウナ屋、カフェ経営兼バンドマン、蔵元等バラエティー豊か」(辻さん)。辻さんは発酵ツーリズムの担当だ。
真庭あぐりガーデンで「液肥」使った野菜を堪能
ツアー2日目に昼食をいただいた「真庭あぐりガーデン」もこうした真庭のSDGs発信拠点の一つだ。ゼネラルマネージャーの三村伸行さんは、辻さんの二つ下の後輩。毎日、勝山の辻本店の前を通り、小学校に通ったという。
あぐりガーデンには、地元の野菜や加工品を販売する「旬の蔵」、カフェ「スイーツパーラー十字屋商店」、レストラン「うさ八」、米やおむすびを販売する「十字屋商店」がある。運営しているのは「十字屋グループ」だ。元々は、大正5(1916)年創業の米店。昭和33(1958)年に新事業として環境衛生部を作り、下水汚泥の処理を始めた。こうした経緯から、真庭市の太田市長と話し合い、連載の1回目で登場したバイオ液肥プラントを作ることを決めた。し尿も扱うため、地元の反対もあったが、太田市長はその際に、「持続可能な市を作っていくには必要と、情熱を持って、粘り強く市民を説得していった」(三村さん)という。
地元高齢者に雇用と集いの場
物販店やレストランではその液肥で栽培した野菜や食事を提供している。「レタスは野菜ソムリエの品評会で3年連続して銀賞を受賞。美味しい野菜が出来ている」(三村さん)。真庭市では液肥を使った野菜のブランド化を目指している。今回のツアーでも、ビュッフェ形式で野菜をたっぷりいただいた。
あぐりガーデンは、地元の高齢者の雇用と集いの場も提供している。物販店では、規格外の野菜を地元のおばあちゃんたちが加工した「お節介野菜」を売っている。5年前、豊作で大量に余った茄子の扱いに困り、地元のおばあちゃんたちに加工してもらったのがきっかけだ。「負担かなと思ったが、逆に、家に引きこもりがちのおばあちゃんたちには『私たちはこんなのがやりたかった』と好評だった」(三村さん)。これ以外にも、都会の子供たちに農村体験をするツアーを企画している。
2023年には新たなSDGS発信拠点に衣替え
あぐりガーデンは、農林中央金庫の「農林水産業みらい基金」を使って、来年、新たなSDGs発信拠点に生まれ変わる。レストランの裏手では基礎工事をしていた。「お節介野菜を作る工場やジビエ肉の加工場ができ、レストランも一つに集約され、真庭の観光やコミュニティのハブ拠点となる」。北は「GREENable HIRUZEN」、南はあぐりガーデンがその役割を担う。
辻本店の辻さんは、「光り輝く人に会いに来ていただくことが、真庭の観光」と語る。そうした人々を紹介する冊子『真庭の人びと2022』を制作した。辻さんは「『2010年の真庭人の1日』へのアンサーではないかと感じる今日この頃です」と話す。
宿泊した湯原温泉の「八景」は部屋に石造りの湯舟がある素晴らしい宿だった。地元の食材を使った食事と辛口ですっきりした「御前酒」をたっぷり堪能した。
真庭市はまさに「SDGs」を体感するのに格好の場所である。冊子『真庭の人びと2022』を片手に各所を旅することを、ぜひお勧めしたい。
(稲留正英・編集部)
(終わり)