環境・社会・ガバナンスを軽視しがちな日本産業界の事情=評者・後藤康雄
『ESGの奔流 日本に迫る危機』
評者・後藤康雄
編者 NIKKEI Financial 日経BP 1980円
もはや価値観の相違にあらず
切迫感乏しい産業界に警鐘
今後の企業の成長に必要な3要素とされる環境、社会、ガバナンスの頭文字をとった「ESG」という言葉を目にする機会がめっきり増えた。ESGが社会全体の最重要テーマであることはおそらく皆理解しているはずだ。しかし同時に、おいおいやっていこうという緩い感覚もあるのではないか。本書は、一線で活躍する記者らの取材を基に、多くの企業人が当事者としての切迫感を欠く現状のままでは、遠からず日本は危機的状況に陥る、と警鐘を鳴らす。
ESGをおろそかにするとどんな危機に見舞われるのか。環境や社会などの悪化以外に著者らが強調するのは、世界のビジネス市場から閉め出されることであり、それに関連するさまざまな最新の事実が紹介される。各国の政権がESG重視に大きくかじを切り、会計基準など各種制度もそれに沿った方向に向かっている。NPO(非営利組織)やNGO(非政府組織)が強い力を持ち、例えば環境負荷の低い製品を販売しながら従業員の労働環境が劣悪といった体裁だけのESG(ESGウオッシュ)では済まなくなってきている。
こうした状況にもかかわらず、日本の産業界はいまだ切迫感に乏しいのはなぜか。本書を読んで思い至るのは、ESGの大きな推進力が金融、とりわけ資本市場の圧力という点である。海外では、波乱の株主総会を経て石油メジャー最大手のエクソンモービルに環境派の役員が複数人送り込まれるなど、議決権を通じた活発な動きがある。ひるがえって日本は銀行中心の間接金融優位の金融システムで、今なお株式の持ち合いも残る。「ESG投資」のインパクトへの実感が湧きにくい面がある。
銀行部門がESGの激流を和らげているとみなせるかもしれない。それは同時に、環境などへの対応が進まず経済価値を失った「座礁資産」の累増など、国民の気づかないところに問題の種を遮断する可能性を示唆する。その構図はバブル崩壊後の不良債権問題を想起もさせる。
評者が少年期に熱狂した特撮ヒーローのウルトラセブンの話に、団地の住民がいつの間にかほぼまるごと宇宙人に入れ替わっているのだが誰も気づかない、というものがあった。大きな環境変化ほど意外に感知しにくいかもしれない。しかし、それに気づかず取り残されるのは我々だけ、という事態は避けたい。もはやESGは“価値観の問題”で済まず、いやおうなしにその波に巻き込まれる時代にある。うねりの方向性や深さを見極める上で、本書は現時点における格好の見取り図となろう。
(後藤康雄・成城大学教授)
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