勇ましさに潜む「自立」と「反米」 安倍元首相の危うい立ち位置=平田崇浩
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ロシアのウクライナ侵攻は、世界の政治リーダーたちの立ち位置と本音をあぶり出す。「プーチン大統領は間違っている」と前置きしながら「米国も悪い」などと、したり顔で語り始める政治家を見たときはその真意を見極める必要がある。
誰が足元を見られたか
安倍晋三元首相は5月上旬、BSフジの番組で「(バイデン米大統領の)アプローチ自体がプーチン大統領にやや足元を見られたかもしれない」と語った。侵攻開始から2カ月以上が経過し、ロシア軍による民間人の虐殺行為や都市インフラの徹底的な破壊行為が国際社会から激しく非難される中で、安倍氏は矛先を米国に向けた。
安倍氏の主張を要約すると、(1)ロシアがウクライナに侵攻しても米軍は派遣しないとバイデン大統領が明言していたことが侵攻を誘発したのではないか、(2)侵攻を阻止するため、米国がウクライナに対し、北大西洋条約機構(NATO)に加盟しない中立を宣言させ、親ロシア派武装勢力が活動する東部2州の高度な自治を認めさせる努力をすべきだった──となる。
主要7カ国(G7)を中心とする西側民主主義陣営が結束してロシアに経済制裁を科し、ウクライナへの軍事支援を強化する中で、それに同調する日本の岸田文雄首相に背後から弓を引くに等しい、極めてロシア寄りの発言だ。
知米派の政府関係者は「プーチン大統領に足元を見られたのは誰か。27回も首脳会談を行って、一方的に経済協力をした揚げ句、北方領土は1ミリも返ってこなかった。そもそもロシアのクリミア併合後もプーチン大統領にすり寄って増長させた責任をどう考えるのか。自分の失態を棚に上げて米国を批判する安倍氏の脳内が理解できない」と憤りを隠さない。
なぜ安倍氏は、このような発言をしたのだろうか。ロシアの侵攻を阻止できなかった米外交の失策をあげつらえば自身への批判をかわせると考えたのかもしれないが、かえって「親プーチン」の立ち位置を印象づける形になった。
安倍氏はロシアのウクライナ侵攻後、ことさらに勇ましい発言を繰り返している。その一つが「核共有」の提起だ。米国の保有する核兵器を日本に配備して共同運用することを検討すべきだという主張だが、前述の政府関係者によると、これにも米側は不快感を示しているようだ。米国が同盟国に「核の傘」を提供することを「拡大核抑止」政策という。米側にしてみれば、安倍氏は米国の核の傘を信用しないのかと言いたくなる。
安倍氏の主張の根底には常に米国からの「自立」=「戦後レジームからの脱却」があるのだろう。米国は中国の中距離核ミサイルに対抗する核戦力の開発を進めており、日本領域内への配備を求めてくる可能性もある。非核三原則を持つ日本にとっては極めてハードルの高い話ではあるが、そのときは日本自身がコントロールできる形、つまり、事実上の核保有につなげたいということか。
ロシアが核兵器の使用までちらつかせて…
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週刊エコノミスト
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