新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

国際・政治 「安倍政治」の遺産

9月初旬の内閣改造・党役員人事が焦点=伊藤智永

参院選勝利で岸田政権の基盤は強化されるはずだったが⋯⋯(7月10日)
参院選勝利で岸田政権の基盤は強化されるはずだったが⋯⋯(7月10日)

安倍氏不在で自民保守派は流動化

岸田首相が頼る松野官房長官=伊藤智永

 安倍晋三元首相の非業の死は、岸田文雄政権の前途を大きく揺るがす。参院選の大勝で連立与党は衆参両院に安定多数を確保した。本来なら政権基盤は強まり「岸田カラー」を前面に打ち出せるようになるはずだが、政界にはむしろ不安定化するとの見方が多い。100人に迫る自民党最大派閥・安倍派の後継者不在により、党内権力バランスが一気に流動化するからだ。

 9月初旬に予定している内閣改造・党役員人事で、岸田氏が「安倍氏不在」の新たな党内体制を作れるか。人選の成否によって、経済・金融政策から、防衛費増額と国防計画策定、憲法改正論議に至るまで、年末に向け目白押しの政策課題は政府・与党内の厄介な火種になりかねない。

「岸田カラー」に対抗意識

「安倍元総理のご遺志は、憲法改正であり、しっかりと国を守れる国防力の強化であり、道半ばであったアベノミクス、コロナ禍で失速した経済成長の実現だ。こうしたご遺志はしっかりと仲間と共に引き継ぎたい。総理がともした保守の灯火は守りたい」

 安倍氏が死去した2日後、まだ参院選の開票が進んでいる最中から、自民大勝の見通しで強気になったのか、高市早苗自民党政調会長はメディアの取材に対し早々と「岸田カラー」への対抗意識をむき出しにした。

 財政規律重視か思い切った大型財政出動か、節度ある防衛費漸増かGDP(国内総生産)比2%目標ありきか、改憲手続き加速か与野党合意尊重か。岸田政権と安倍氏は参院選前、重要政策を巡って押し引きを繰り広げた。発信力の大きかった安倍氏の急死で、「安倍路線」が色あせるかもしれない──。高市氏の発言は、党内保守派の警戒感を代弁していた。

 だが、岸田氏と安倍氏の関係は対立していたのかといえば、そう単純ではない。7年8カ月の最長政権を維持した安倍氏は、派閥力学を超えたもっと広範な保守層全体の「アイコン」だった。党内第4派閥で政治信条的にリベラル派の岸田氏が党全体を率いるには、安倍氏のカリスマ性に頼らざるを得なかったのが実情だ。参院選公約のとりまとめでも、安倍路線に公然とは逆らわず妥協点を探りながら少しずつ「岸田カラー」も織り込む苦心を余儀なくされた。

 岸田氏周辺が、この参院選さえ乗りきれば、2025年夏の参院選まで大型国政選挙の審判を受けずに、独自政策を進められる「黄金の3年間」を迎えられると殊更に吹聴してきたのは、安倍氏との間合いを計りながら党内を掌握する時間稼ぎという意味でもあった。突然の「安倍氏不在」は、岸田氏では手に負いかねる保守派の抑え役を失ったことを意味する。その牙城である安倍派の取り扱いは、相当難しいが巧妙に操縦できたなら長期政権への道が開ける半面、一歩間違えれば政権の命運を左右しかねない鬼門でもある。

安倍派は集団指導体制に

 心肺停止状態だった安倍氏の死亡が確認された7月8日夕、松野博一官房長官がひそかに首相官邸を出て奈良市へ向かった。参院選挙期間中、危機管理の責任者として官邸に常駐するべき官房長官が、元首相暗殺という非常事態とはいえ、翌朝には東京へ搬送される遺体の安置場所へわざわざ向かうのは異例の行動だ。

安倍晋三元首相が銃撃され記者団の質問に答える松野博一官房長官(7月8日)
安倍晋三元首相が銃撃され記者団の質問に答える松野博一官房長官(7月8日)

 周囲には「首相の名代としてお悔やみを伝えに行った」と説明されたが、政界の機微に通じたある自民党長老は別の見方をする。

「松野氏は岸田首相が最も信頼する唯一無二の安倍派とのパイプ役だ。だから安倍氏が官房長官に萩生田光一経済産業相を推薦したのに、細田派(現安倍派)の松野氏を一本釣りしたんだろ。なのに派閥の大親分が地方で不慮の死を遂げ、他の派閥幹部らがそばに付き添っている時、その場にいなかったとなれば、後々の発言力を含めて出遅れかねない。安倍派の今後がどうなるかに関わるから、岸田首相が派遣したんじゃないのか」

 会長不在となった安倍派は、安倍氏が指名した会長代理に塩谷立元文部科学相(衆院当選10回)と下村博文前政調会長(同9回)、事務総長に西村康稔元新型コロナウイルス感染症対策担当相(同7回)、副会長に事務総長の西村氏ら複数名がいる。

 安倍氏は萩生田氏(同6回)に目をかけていたとされるが、「安倍氏1強」体制だったので、衆目一致する後継者はいない。旧町村派時代に「代表世話人3人」体制をとったことがあるため、今回も間近に人事を控えて、当面は役職に応じた集団指導体制にならざるを得ないとの予測が有力だ。「早晩、分裂は避けられない」という先走った観測もあるが、無用の流動化を危惧するのは他ならぬ岸田氏だろう。混乱に乗じて非主流派の二階派など他派閥が政局を仕掛けないとも限らない。

 それでなくても9月実施予定の人事では、安倍派に復帰できないまま「安倍氏の名代」を自任する高市氏、体調不良が著しい安倍氏の実弟・岸信夫防衛相、将来の派閥「プリンス候補」である福田達夫総務会長ら処遇の仕方の悩ましい顔ぶれが待ち受ける。

 松野氏(同8回)は昨年秋、岸田政権に入閣するまで、旧細田派の事務総長を長く務めた。地味に見えるが、派内の人間関係を的確に把握した周到な手腕は安倍氏も一目置いていた。「安倍氏不在」の安倍派の行方にも陰ながら影響力を持つとの見方は根強くある。少なくとも岸田首相が人事を行う際、最も気を配らなければならない「安倍氏なき安倍派」の情勢は、松野氏を通じて把握することになる。新聞各紙は参院選開票後すぐ、松野官房長官の留任を早々に報じた。「主なき最大派閥」を間接統治していかなければならなくなった岸田政権の隠れたキーマンと見るべきだろう。

(伊藤智永・毎日新聞専門編集委員)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月3日号

経済学の現在地16 米国分断解消のカギとなる共感 主流派経済学の課題に重なる■安藤大介18 インタビュー 野中 郁次郎 一橋大学名誉教授 「全身全霊で相手に共感し可能となる暗黙知の共有」20 共同体メカニズム 危機の時代にこそ増す必要性 信頼・利他・互恵・徳で活性化 ■大垣 昌夫23 Q&A [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事