円暴落の警鐘が鳴らされても冷静だった安倍元首相=原田泰
安倍元首相は考える人だった=原田泰
安倍晋三元首相は考える人だった。アベノミクスの第一の矢、大胆な金融緩和は、急激な円高を許したことが日本経済にとって大きな失敗だった、という考えから本格的に始まったのではないかと思う。私は、第2次安倍政権の期間中、2015年3月から20年3月まで、日本銀行政策委員会審議委員を務めたが、その前に金融政策についてご説明したことがある。
08年のリーマン・ショックの後、世界中の中央銀行が大胆な金融緩和をしているのに、日本だけがしていなかった。日本の金融緩和の不足により、1㌦=120円程度だった円レートが79円にまで急上昇した。結果、リーマン・ショックは米国発なのに、日本の工業生産が主要国の中で一番大きく低下した、と説明した。もちろん、安倍氏はそれ以前から円高は失敗と認識していたと思う。だからこそ、私の説明に同感して、熱心に聞いてもらえたのではないか。
冷静に円安を見ていた
自民党は、08年から続く円高の中で09年9月に政権から転落した。もちろん政権転落の理由は他にもあるが、不況が理由の一つであることは間違いない。安倍氏が12年12月に政権に返り咲き、大胆な金融緩和のおかげで円は105〜115円前後で安定していた。12年の末からコロナショックの20年まで好況が続いた。安倍氏は5回の選挙に勝ち続け、2回目の安倍政権は7年8カ月の長期政権となった。
アベノミクスの開始により、円高は是正された。それが現在140円の円安になるかもしれないと言われている。少なからぬエコノミストが、円が暴落しないように、金融の引き締めを主張しているが、それに対して安倍氏は冷静だった。
最近あるセミナーでお会いした時、現在は円安になってもコロナで海外から観光客が来られないし、半導体不足もあって自動車も生産できない。しかし、為替の下落は、訪日客の増加や輸出によって外貨を稼ぐメカニズムがあるのだから、円が一方的に暴落することはない。海外観光客は、大都市ばかりではなく地方にもお金を落とす。大資本ではない中堅中小の観光業者にも所得が回る。コロナも一段落するからもうすぐだ、と話していた。
政治家として、どこにどのような所得が生まれるかをしっかり考えている。
多くの政治家が、思い込みやその場しのぎの発言をする役人、エコノミスト、利害関係者の意見を受け入れている中で、安倍氏は物事を論理的に考える人だった。
(原田泰・名古屋商科大学 ビジネススクール教授)