アベノミクスは時代錯誤の新自由主義だった=水野和夫
ストックで分配の強化を=水野和夫
アベノミクスは、成長重視の新自由主義だった。これは、小泉純一郎政権から続くもので、民主党政権時代を除けば、20年近く成長戦略を推し進めてきたことになる。私に言わせれば、成長、あるいはインフレがすべてを癒やすといった近代の幻想を夢見た経済政策運営だ。まったくの時代錯誤だと思う。
この時代錯誤な政策が、格差拡大をもたらした。企業は株主利益ばかりを考えて、従業員の賃金を増やすことはしなかった。将来の不確実性が高いからと、内部留保を増やし続けた。配当などで株主には報いたが、従業員への分配はしなかったのだ。
第一の矢である日銀による異次元緩和も、株や不動産などの資産価格ばかりを押し上げ、持つ者と持たざる者との格差を広げた。さらに足元のような円安は、中小企業や家計を痛めつけている。
安倍晋三氏が凶弾に倒れたことは、心よりお悔やみを申し上げる。ただ、岸田文雄首相は、前述したようなアベノミクスの問題点を真摯(しんし)に受け止め、すぐに経済・金融・財政政策の転換をすべきだ。
日銀は賃上げ提案を
まず着手してほしいのは、企業の賃上げだ。企業はまさかのためにこれまで利益を内部留保してきたはず。コロナ禍とロシアによるウクライナ侵攻は、まさに「まさか」の非常事態だ。今、内部留保を賃上げに使わなくてどうするのかと言いたい。
本当に利益が上がらず賃上げできない中小企業もあるだろう。そこで、経団連や日本商工会議所などが旗振り役となって、大手企業を中心に内部留保全体をプールして、すべての従業員に分配すればいい。
日銀にも賃上げを企業に要請する責任がある。上場投資信託(ETF)の購入を通じて、日銀は「大株主」の立場にあるからだ。総裁は来年の株主総会に出席して、大株主の立場から「内部留保を従業員のために使え」と提案するのだ。
財政問題にも手を打たなければいけない。6月の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」では、基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化目標の達成時期を外してしまったが、国内総生産(GDP)の2倍を超える政府債務を抱える国が急ぐべきは、PBの均衡、黒字化だ。均衡させれば、新規国債を発行せず、借り換え債だけで財政運営ができる。
持続可能な財政状況を作り、年金はじめ社会保障制度を国民が安心できるものに作り直せば、将来不安からため込んだ個人金融資産を使うこともできる。また、新自由主義の下、富裕層に蓄積された資産には相続税の強化で回収し、分配の原資にすればいい。企業の内部留保と富裕層にたまった資産といったストックで分配を強化するのだ。これなら成長せずとも、格差是正は可能だ。
(水野和夫・法政大学教授)