強い国づくりは経済政策のミッションではない=浜矩子
使命は弱者救済のはず=浜矩子
安倍晋三氏の帰天が安らかなものだったことを祈る。近しい方々に心からお悔やみを申し上げる。
その上であえて言う。筆者は安倍氏の経済政策「アベノミクス」に「功」を見いだすことができない。
最大の問題は、安倍政権下において経済政策が政治的狙いの達成のための手段として使われたことだ。安倍氏は常々、「戦後レジーム(体制)からの脱却」を目指すと言っていた。戦後レジームから脱却したいのであれば、行けるところは一つしかない。それは戦前の世界だ。日本における戦前の世界とは、すなわち大日本帝国だ。つまり、彼は21世紀版大日本帝国の構築を企てていたのである。だからこそ、改憲にあれだけ固執していたわけだ。
安倍政権の経済運営には、21世紀版大日本帝国の強くて大きな経済基盤の形成が託された。アベノミクスで富国を実現し、改憲で強兵を進める。今日的富国強兵路線だ。
分配政策の勘所
現に、2015年4月の訪米時、安倍氏は笹川平和財団米国での講演で次のように言っている。「強い日本は、安定して成長する経済に土台を置きます。(中略)私の外交・安全保障政策は、アベノミクスと表裏一体であります」。
これはいけない。経済政策には、固有の二つの重大な使命がある。その一が経済的均衡の保持と復元。その二が弱者救済だ。使命一は使命二のためにある。なぜなら、経済活動の均衡が崩れる時、最もたちどころに、最も深く傷つくのが弱者だからだ。経済的均衡がインフレ方向に崩れるにせよ、デフレ方向に崩れるにせよ、弱者の生活は行き詰まる。生活の行き詰まりは生命の危機につながる。だから、経済政策は均衡の保持と崩れた均衡の復元に全力を投入しなければならない。強い国づくりのための強い経済づくりは、経済政策のミッションではない。
参院選を経た岸田文雄首相は、この辺のところをどう考えているのだろうか。彼は「成長と分配の好循環」を掲げている。だが、分配は分配だ。成長のための分配ではない。好循環するかどうかがポイントなのではない。弱者救済につながるか。それが分配政策の勘所だ。
ところが、岸田氏の発言や書き物の中のどこにも、このような認識は示されていない。天が彼によほどのインスピレーションを与えてくれない限り、経済政策の本来の使命に岸田氏が目覚めることはなさそうだ。
(浜矩子・同志社大学大学院 ビジネス研究科教授)