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韓国は完全なる「死刑廃止国」となるのか 澤田克己

韓国では、法律上の「死刑制度」を廃止すべきかどうかが憲法裁判所で争われている
韓国では、法律上の「死刑制度」を廃止すべきかどうかが憲法裁判所で争われている

 20年以上も死刑執行がなく「事実上の死刑廃止国」とされる韓国で、法律上の死刑制度そのものを廃止すべきかどうかが憲法裁判所で争われている。訴えを起こした死刑廃止派と制度存続を主張する国側の意見を聞く公開弁論が7月14日に開かれ、審理は4時間半に及んだ。死刑制度の合憲性が憲法裁で問われるのは1996年と2010年に次いで3回目。これまでは「死刑は合憲」という結論だったが、今回は判断が変更される可能性があるとして、注目されている。

3回目となる憲法裁の審理に注目が集まる

 韓国で最後に死刑が執行されたのは、金泳三(キム・ヨンサム)政権末期の1997年12月だ。翌年に就任した金大中(キム・デジュン)大統領は、自らがかつて政治犯として死刑を宣告された経験から、執行停止を決めたとされる。

韓国で最後に死刑が執行されたのは、金泳三政権時代にさかのぼる
韓国で最後に死刑が執行されたのは、金泳三政権時代にさかのぼる

 その後の政権も、政治的理念にかかわらず執行を再開しなかった。韓国では軍事政権時代に死刑が執行され、民主化後に再審無罪となったケースもある。現実問題として今さらの執行再開は政治的負担が重く、現実味があるようには思えない。

 ただ、制度として廃止されたわけではないため、死刑判決はたまに出る。聯合ニュースによると、収監中の死刑囚は59人。このうち5人は、12年前に憲法裁で合憲決定が出た後に確定したという。

 憲法裁で最初に合憲性が争われたのは、まだ死刑が執行されている時期だった。この時には判事9人のうち7人が合憲、2人が違憲と判断した。執行停止が10年以上続いた時点で争われた2回目の審理では、合憲5人、違憲4人だった。

 違憲決定には判事6人の賛成が必要だ。ただ前回の審理からさらに12年が経ち、執行停止は四半世紀に及ぶ。そうした事情を考えれば、違憲という結論になる可能性は否定できない。国側を代表する立場にある韓東勲(ハン・ドンフン)法相も「100%の正解がある問題ではない」と含みのある発言をしているのだ。

仏教やキリスト教など宗教団体は廃止を訴え

 今回の訴えは、2018年に両親を殺害したとして1審で死刑を求刑された被告が憲法裁に起こした。カトリック系の正義平和委員会という組織も訴えに参加している。ただ、この被告はその後、最高裁で無期懲役刑が確定した。

 韓国メディアによると、違憲性を訴える原告側は14日の弁論で、「(前回の審理からの)12年の間に社会が変わったことを勘案し、今回はきちんとした結論が出ることを期待する」と述べた。さらに「死刑によって生きる権利を奪うことについては、政府も、学界も客観的・実証的な根拠を示せていない」と主張した。

金大中大統領が死刑執行停止を決めて以来、韓国では死刑が執行されていない
金大中大統領が死刑執行停止を決めて以来、韓国では死刑が執行されていない

 これに対し国側は「きわめて例外的な状況では国家が個人の生命権を制限できると憲法裁も説示している。死刑制度によって侵害される(犯罪者の)私益の方が、善良な市民の生命を保護しようとする公益より重要だと見ることはできない」と制度の必要性を訴えた。

 弁論では、判事の立ち位置が割れている様子がうかがわれた。

ある判事は、死刑を違憲とする考え方について、「人間の尊厳を踏みにじる残忍な犯罪という例外的な場合にも、生命権だけを前面に押し立てて寛容と一定期間の教化(懲役)で十分だと言うのか」という疑問を投げかけた。原告側は「終身刑で社会から隔離できる。犯罪者であっても、私たちが他人の生命を奪えると考えるのは危険だ」と応じたという。

 一方、別の判事は、「死刑囚の半数近くが不遇な家庭環境で育っていることは、社会と国家の責任を示唆するように見える」と指摘した。これには国側が「不遇な環境が情状酌量され、減刑されても死刑が確定したということは、それ以外に代案がないと裁判所が判断したということ」だと反論した。

 仏教やキリスト教など韓国の7大宗教団体は弁論に合わせ、死刑制度の廃止を求める共同意見書を憲法裁に提出した。

世論調査では死刑維持派が圧倒的に多い

 では、国民はどう受け止めているのか。

 韓国ギャラップ社は、これまでに何度か死刑制度に関する調査をしている。全てが同じ調査形式ではないため単純に比較はできないが、死刑制度を維持すべきだという回答は1994年が70%、2003年が52%、2012年が79%、2015年が63%、2018年が69%、2021年が77%だった。

 弁論では判事から「死刑制度への賛成が圧倒的に多い世論調査を軽く見ていいのか」という指摘があり、これに対し原告側は「世論調査は聞き方によって結果が違いうる」と答えている。

 確かに世論調査の結果は質問の仕方と時期によって大きく変わるが、死刑廃止が多数になったことはなさそうだ。特に調査時期については、凶悪犯罪が続いた時などには死刑維持派の数字がはね上がる傾向にある。

「死刑廃止」が世界の主流に

 一方で、死刑廃止はいまや世界の主流だという現実がある。人権問題を担当する欧州の外交官は「死刑反対の世論が高まって廃止した国など、欧州にもなかった。廃止は政治的決断でなされるものであり、世論は後から付いてくる」と説く。

 アムネスティ・インターナショナルによると、1980年代に50カ国以下だった完全な死刑廃止国は108カ国にまで増えた。西側先進国を中心とする経済協力開発機構(OECD)の加盟38国で死刑制度を残しているのは、日本、米国、韓国のみだ。

その他に一般犯罪での死刑廃止国が8、10年以上執行していない韓国のような「事実上の廃止国」が28で、計148カ国が死刑廃止国とカウントされる。

 2021年に死刑を執行したのは、人数の多い順に中国、イラン、エジプト、サウジアラビア、シリアなど18カ国。アジア太平洋地域では中国の他、バングラデシュ、日本、北朝鮮、ベトナムの4カ国だった。主要7カ国(G7)では、日米2カ国だけである。

 韓国憲法裁は年内にも判断を下すと見られている。憲法裁に関する著作を持つ司法専門ジャーナリストの李範俊(イ・ボムジュン)氏は「憲法裁の判事9人のうち5人は、任命された時の国会聴聞会で死刑廃止の意見を表明している。あくまで国会で廃止を決めるべきという人もいるだろうが、死刑制度を違憲とする決定が出る可能性は十分にある」と話している。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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