新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

週刊エコノミスト Online

中国ではテスラ上回る人気EVが日本に上陸 時価総額で世界3位の自動車会社になったBYDの勢い=湯進

中国BYDはSUVタイプの新型EV「ATTO3」など3車種を日本で販売すると発表した(筆者撮影)
中国BYDはSUVタイプの新型EV「ATTO3」など3車種を日本で販売すると発表した(筆者撮影)

 7月21日、中国大手EV(電気自動車)メーカーのBYDは、中国で人気の多目的スポーツ車(SUV)の自社ブランド「王朝シリーズ」として、「ATTO3」、コンパクトタイプの「DOLPHIN」、セダンタイプの「SEAL」という三つの新モデルを日本に投入すると発表した。

 BYDは、日本の「EVバス」市場で7割のシェアを握る。同社は2023年に2つの新型EVバスを投入し、30年までに日本で累計販売4000台の目標を掲げているが、いよいよ、本丸の乗用車市場で本格的に攻勢をかける。

 BYDは22年1~6月のEVとプラグインハイブリッド車(PHV)販売台数で米テスラを超え、世界首位のEVメーカーになった。EV性能を左右する車載電池市場でも世界3位の電池メーカーだ。BYDジャパンの劉学亮社長は、「我々は日本企業と勝負する目的ではなく、BYDのノウハウで日本の電動化を推進したい」と語った。

従来メーカーとして内燃機関車の生産停止は「世界初」

 BYDは、ガソリンエンジン車とハイブリッド車(HV)の内燃機関車の生産を今年3月から停止し、今後はEVやPHVなど新エネルギー車(NEV)の生産・販売に専念すると発表した。これまで内燃機関車を売ってきた既存の自動車メーカーの中で、実際に生産を停止したのは、BYDが世界初となる。同社の21年の新車販売台数73万台のうち、NEVの販売台数が60.3万台と9年連続で中国NEV市場の首位を維持し、初めて同社の内燃機関車の販売台数を上回った。

サプライチェーンの完成で「専業NEVメーカー」へ

 これまで内燃機関車とNEVの2本柱で自動車事業を展開してきたBYDが、専業NEVメーカーに転身する理由は、車載電池、車載半導体から完成車まで次世代自動車産業のサプライチェーンを築き上げたことにある。

 ニッケル・カドミウム電池から事業をスタートした同社は、1999年にリチウムイオン二次電池の生産に着手し、海外輸出も開始した。2003年には国有企業の西安秦川汽車を買収し、自動車業界に果敢に参入、コストを削減するため、パワートレインや内外装部品を含めた垂直統合型の生産体制の構築を図っていった。

次世代高性能スマートカーのために開発されたEVの車体基盤「eプラットフォーム3.0」。1000㌔㍍超の航続距離を可能に(筆者撮影)
次世代高性能スマートカーのために開発されたEVの車体基盤「eプラットフォーム3.0」。1000㌔㍍超の航続距離を可能に(筆者撮影)

ガソリン車で日欧米に勝つより「NEV」に注力

 低価格セダン「BYD F3」は、エンジンが三菱自動車製で、当初、トヨタ「カローラ」の模倣車と言われたが、09年に中国乗用車市場の販売台数で首位に立った。また05年にEVに組み込まれるパワー半導体「IGBT」を生産開始。08年には寧波中緯半導体の買収を通じて、車載半導体事業に一層力を入れ始めた。10年には日本の大手金型メーカー、オギハラの館林工場の買収を通じて大型プレス部品の技術向上につながった。

 08年以降、ガソリン車では日米欧企業に勝てないと判断したBYD創業者の王伝福が電池技術を生かしてNEVを生産する構想を描いた。同社は独自のPHVシステム「DM(デュアルモデル)」を軸とし、世界初のPHV「F3DM」、個人向けのセダンタイプEV「e6」、EVバス「K9」を相次いで投入し、いち早く中国NEV市場で地位を固めた。

燃費に優れた「デュアルモデル(DM)」はコストも低減

 BYDの販売台数に占めるNEVの割合も16年の20%から21年の80%へと大きく上昇している。22年1~6月の販売台数は前年同期比2.6倍の61.6万台、中国乗用車メーカーで最も高い伸び率を見せた。

 BYDが躍進した要因は何か。

 最も大きなポイントは、プラットフォーム(車体基盤)としてPHVシステムの「DM」が進化したことだ。これがBYDの製品競争力を支える。BYDはDMを使って、中大型高級EVから、中間価格のPHV、小型・低価格EVまで、多様な需要に対応するモデルを展開している。車体基盤が共通なので、コストダウンの効果があり、販売台数が増加した。

 同社は21年1月、「DM-iシステム」を発表し、高い圧縮比のエンジン(熱効率43%)と組み合わせ、PHV「秦Plus」に搭載した。燃費は100キロメートル当たり3.8リットルだ。PHVは航続距離がEVより長いため、消費者に受け入れられやすいものの、エンジンとモーターの両方を搭載するため、HVを含む内燃機関車に比べ価格は割高となるはずである。

コンパクトSUVタイプのEV「元」(筆者撮影)
コンパクトSUVタイプのEV「元」(筆者撮影)

駆動系システムを性能アップさせた大衆車

 しかし、BYDは、主力SUVのPHVモデルを10万~15万元で販売しており、価格面で圧倒的な競争優位に立っている。22年に投入したSUV「宋ProDM-i」は販売価格13.48万~15.98万元(約275万~325万円)で中価格帯の内燃機関車だけではなく、日系が得意とするミドルエンド、つまり大衆車となるHVと競合している。

 こうしたコストパフォーマンスを武器とし、BYDの「DM-i」搭載車の販売は、22年1~6月に同社新車販売全体の5割弱を占めている。車両の経済性に特化したDM-iシステムに続き、BYDは20年にパワートレイン、つまりエンジンで発生した回転エネルギーを効率よく駆動輪に伝える駆動システムの性能に特化した「DM-p」システムを開発し、22年にはキングバージョンシステムを高級PHV「唐」に初搭載する予定だ。

 また高級EV「漢」の販売台数が今年6月単月で初の2.5万台に達し、同社のEV販売全体の36%を占めるようになった。今年第4四半期(10~12月)には価格帯80万~150万元の高級オフロード車ブランドを投入し、既存の「王朝」、「海洋」「DENZA(騰勢)」ブランドに加え、計4ブランド体制で乗用車事業を推進する方針である。

航続距離延ばすスマートカー向け基盤や高効率の新電池も

 BYDが躍進したポイントとしては、新プラットフォームである「DM」のほかにも、さまざまな新しい技術とシステムがある。例えば、次世代高性能スマートカーのために開発された「eプラットフォーム3.0」もその一つだ。このプラットフォームを採用したEVは、「ゼロ百の加速」、つまり、停止時から時速100キロメートルに達するまでの時間が、最短で2.9秒に縮まるという。一方で航続距離も延び、1000キロメートル超となる。800ボルトの急速充電では5分間の充電で150キロメートルの走行が可能になる。100キロメートル当たりの消費電力は同クラスのモデルに比べ10%少なく、冬季の航続距離は少なくとも10%向上するとしている。

 もう一つ、同社が開発した「ブレード電池」も注目だ。セルを細長い刃のように薄くして、体積を従来比で半分以上縮小させた。セルの重量エネルギー密度と、電池パックの体積エネルギー密度を引き上げたことにより、現行比で、エネルギー密度全体は50%向上し、電池システムの効率も3割改善する。

 こうした工夫で、電池コスト30%の削減ができる一方、循環寿命は長く、航速距離はテスラが採用したパナソニック製の円筒型電池に遜色ない水準となる。

 このように、BYD躍進の背景には、同社のEVの確かな性能向上があるということだ。

中国で人気のミドルサイズSUV「唐」(筆者撮影)
中国で人気のミドルサイズSUV「唐」(筆者撮影)

海外メーカーの寡占市場に風穴

 中国の新車市場では外資系メーカーは中高級車、地場メーカーは低価格車とすみ分けが続いてきた。近年、市場競争が激化しているなか、中国政府の電動化シフト方針や低燃費車の優遇政策に加え、従来の内燃機関車の開発の継続に限界が出てきていることから、地場メーカーは相次いでEV高級車を投入し、外資系メーカーが寡占するミドルエンド(大衆車)とハイエンド(高級車)市場に風穴を開けようとしている。

 BYDが中国NEV市場におけるシェアは、21年に16.5%、22年1~6月には30%に達した。中国の「ゼロコロナ政策」によるサプライチェーンの寸断、車載半導体の不足を受け、テスラを含む競合各社は生産・販売に影響を及ぼすなかで、一気に攻勢を強めた。

新モデル発表会にオンラインで登場したBYDの王伝福会長(筆者撮影)
新モデル発表会にオンラインで登場したBYDの王伝福会長(筆者撮影)

市場の期待が時価総額を押し上げる

 BYD市場も、BYDは22年7月7日時点で、時価総額で独フォルクスワーゲン(VW)を抜き、首位のテスラ、2位のトヨタに次ぐ、世界自動車業界の第3位に躍進した。EVメーカーに脱皮したBYDと、脱皮しきれない他の自動車大手との成長期待の差がこのような逆転の背景にあると言える。

 BYDの王伝福会長は今年6月に開かれた株主総会で「動きの素早い魚が緩慢な魚を食べる」と語り、競争が激しいEV市場でシェアを拡大するためには、経営スピードが重要だと強調した。

 自動車業界が電動化からスマート化に移行する中、BYDがコア技術の構築を通じて競争優位を維持できれば、時価総額という市場の評価だけでなく、生産・販売台数でも世界トップメーカーの仲間入りをする可能性がある。

湯進(みずほ銀行ビジネスソリューション部主任研究員)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月3日号

経済学の現在地16 米国分断解消のカギとなる共感 主流派経済学の課題に重なる■安藤大介18 インタビュー 野中 郁次郎 一橋大学名誉教授 「全身全霊で相手に共感し可能となる暗黙知の共有」20 共同体メカニズム 危機の時代にこそ増す必要性 信頼・利他・互恵・徳で活性化 ■大垣 昌夫23 Q&A [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事