世界に機械、部品、素材を売って稼ぐのが日本の強み=藻谷浩介
米国、中国、ドイツなど工業国相手に貿易黒字を稼ぐ、機械、ハイテク部品、高級素材の基幹3業種──。「日本は稼げなくなった」なんてことはない。>>>特集「最強のBtoB」はこちら
昨年の輸出は史上最高 日本は「東の正横綱」=藻谷浩介
「技術力は世界一」と皆が浮かれていたバブル期から、「国際競争力は地に落ちた」と皆が落ち込む昨今へ。日本人は楽観から悲観へと極端に振れるが、実態はまったく違う。輸出額といえば、“株式会社ニッポンの売り上げ”に相当する最も基本的な数字だが、バブルの1989年に37兆円だったものが、2021年には82兆円へと倍増し、史上最高を記録した(財務省「国際収支状況」)(図1)。
弱点はブランド構築力
日本の輸出を支えるのは、“世界最強”のBtoB(企業間取引)製造業だ。家電や乗用車などのBtoC(消費者向け取引)分野が花形だったのは昔の話で、今は輸出の7割以上が、一般機械(16.4兆円)、化学製品(10.5兆円)、鉄鋼や非鉄金属(9.9兆円)、乗用車を除く輸送機器(6.8兆円)などの、企業ユーザー向け製品である。電気機器の輸出も15.3兆円あるが、中身はBtoCの自社ブランド品から、他社ブランド品に組み込まれるBtoBのデバイスへと、様変わりした。
日本のBtoB製造業が“世界最強”であることは、相手国ごとの貿易収支(財務省「国際収支状況」)で明らかだ。21年には台湾に対し2.7兆円、中国+香港に対し2.4兆円、韓国に対し1.7兆円の黒字となっている(注:対中輸出の相当分を占める香港経由のものは、対香港の収支に計上されるので、対中国と対香港の数字は合算するのが妥当)。
欧州では、日本メーカーの工場の多いオランダと英国に対しそれぞれ1.9兆円と1.2兆円、ドイツに対しても1.0兆円の黒字だ(図2)。
昨今、経常収支黒字額の「3横綱」といえば中国、ドイツ、日本だが、その中で中国、ドイツから常にもうけ続けている日本は、「東の正横綱」のような存在だ。
逆に、中東、ロシア、豪州、シンガポール以外のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国など、化石燃料産出国に対しては大幅な貿易赤字だ。また、高級時計や医薬品に強いスイス、宝飾やファッションに加えオリーブオイルやパスタなどの食品が強いイタリアに対しても、常に赤字である。日本の弱点は製造技術力ではなく、省エネ・再エネの技術や、BtoCのブランド構築力にあることを、貿易収支は雄弁に示す。
世界首位が目白押し
日本の輸出の大半を占める「3番、4番、5番の中軸打者」のような存在が、ハイテク部品、高機能素材、製造用機械だ。
ハイテク部品でイメージしやすいのは、村田製作所が世界トップの積層セラミックコンデンサーや、三菱電機、富士電機、ロームなど日本勢が強いパワー半導体、ソニーグループが世界首位のイメージセンサーといった電子系だ。
高機能素材では、自動車部品などに使う樹脂「MMAモノマー」で、世界トップの三菱ケミカルグループ、半導体素材のシリコンウエハーで世界市場を寡占する信越化学工業とSUMCO、航空機に使われる炭素繊維で世界首位の東レ、タイヤの補強材などに使われるアラミド繊維で米デュポンと世界市場を二分する帝人、リチウムイオン電池の正負極を絶縁するセパレーターで世界首位の旭化成などが有名だろう。
ニッチ分野で寡占状態にある製品群は、納入先企業にとって自社で開発・製造するよりも買う方が安いから、新規参入が起こりにくい。職人気質の日本人ならではの、安定した品質や柔軟な対応も評価されている。ただし、下請け化して価格競争に巻き込まれ、バリューチェーンの中で立ち位置を狭めていく危険は潜在する。
YKKの強さの秘密
輸出額では最大項目の一般機械(21年実績)は、ハイテク部品や高機能素材と違いバリューチェーンの中で占める割合が大きい。世界に販路を広げたことで、昔ほど国内景気の好不況に左右されなくなってもいる。
好例が製造用機械だ。ファナック、安川電機、DMG森精機などの工作機械、東京エレクトロンなどの半導体製造装置などが該当する。21年に台湾向けの経常黒字が前年比2割増の2.7兆円に増えたのは、空前の半導体需要に伴い台湾積体電路製造(TSMC)の設備投資が増え、日本の製造装置の輸出が好調だったからだ。建設機械でも、コマツや日立建機などが、世界で高いシェアを占める。
国内市場では部品・素材メーカーだが、国際市場では機械メーカーなのが、YKKだ。国際分野の主力のファスナーの市場規模は約150億ドル(約2兆円)。それを世界の数万社が分け合っているが、YKKのシェアは世界首位で高級品の市場はほぼ独占している。グループで70カ国以上に、それぞれの市場の特性にチューニングした製造拠点を持つが、それらに置く機械はすべて黒部事業所(富山県黒部市)で自製している。このために製造技術が海外に流出しないし、機械の保守を自社で継続することで歩留まりの低下を防ぐことができる。
円安は輸出企業に負担
対ドルの円相場は今年3月以降に急落し、7月8日時点で1ドル=135円台で推移。これは輸出企業にとって朗報ではない。財務官時代に“ミスター円”といわれた榊原英資氏も最近、「円安よりむしろ円高にメリットのある時代となった」と発言している。
そもそも日本の輸出は、通年平均で1ドル=110円だった昨年、前述のように史上最高を記録した。振り返れば、1ドル=80円の超円高で、「日本の製造業はもうおしまい」と喧伝(けんでん)された12年にも62兆円と、バブル期の1.7倍の水準を保っていたのである。技術力の高さが評価される現代のBtoB分野では、「円高だと売り上げ減」という、昭和時代のような安直な連動は起きにくいのだ。
他方で円安は、化石燃料の輸入代金を機械的に上昇させ、電気代や燃料費経由で製造コストを押し上げる。国内工場にとっては、むしろピンチの面が大きい。円安によって、輸出売り上げやドル建て資産の円換算額は、計算上は増える。だが、世界の投資家はドル換算額で見ているので、「円換算で増益」といっても白けるだけだ。ドル換算をせずに「円安=企業増益」と喜ぶ国内投資家は、いまだに円だけで用が済むガラパゴスの世界に生きているのかもしれないが。
日本の名目国内総生産(GDP)も、ドル換算では、超円高の12年が6.3兆ドルと史上最高だった。だが、翌13年に始まった「異次元の金融緩和」(安倍晋三元首相による経済政策)に伴う円安で、21年の名目GDPは4.9兆ドルにまで落ち込んでしまった。9年間で2割以上の経済力縮小というこの現実から、アベノミクス信者はいつまで逃避するのか。日本経済を支えているのは金融資本ではなくBtoB製造業であるという現実に、政治はいつ気付くのか。
(藻谷浩介・日本総合研究所調査部主席研究員)