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投資の達人に聞く㉚ベイリー・ギフォード(下)インパクト投資の「ポジティブ・チェンジ戦略」、社会課題の解決と投資のリターンの両立を目指す
ここで、ベイリー・ギフォード社の歴史について、簡単に紹介したい。同社は1908年、英国軍人のオーガスタス・ベイリー氏と法律家のカーライル・ギフォード氏がスコットランドの首都エディンバラでパートナー制の運用会社として設立した。
米国の鉄道とマレーシアのゴムへの投資からスタート
最初の投資対象は、米国の鉄道とマレーシアのゴムのプランテーションビジネスだった。当時、米国の鉄道は、米産業の急速な工業化、輸送技術の進歩、鉄道網の更なる拡大で、急速に業容を拡大していた。マレーシアのゴムは米国で自動車産業が勃興し、需要が急増していた。米フォード社がT型フォードで工場に流れ生産方式を導入。それを背景に、4輪用ゴムタイヤの販売が大きく伸びると見込まれていた。
また、ベイリー・ギフォードは設立当時から、家族代々の資産を継承する英国の富裕層から運用を任されることが多く、そのために、「長期間にわたる安定運用」のスタイルが醸成されていった。
長期投資への「ノイズ」を避けるためエディンバラで運用
設立以来、すべての運用担当者をエディンバラの一か所に集約し、投資アイデアや意見を共有してきた。なぜ、英国の金融センターであるロンドンのシティではなく、エディンバラなのか。同社は、「金融街から少し離れたエディンバラで投資することで、周囲のノイズに左右されずに、長期投資を貫くことができるため」と説明する。株式市場では、一般的に株価が変動する企業の四半期決算の内容に注目する。しかし、ベイリー・ギフォードは長期投資家の観点から、「他の市場参加者がほとんど気付いていない見通しや展望に目を向けることを重視している」という。
実は、日本の投資信託会社でも鎌倉投信が同様の理由から、東京から離れた鎌倉市に本社を置いている。また、ベイリー・ギフォードを長期投資家のお手本の一つと考える農林中金バリューインベストメンツの奥野一成氏は本誌の取材に対し、「長期投資に雑音は不要。本社は京都でも良い」と明かしたことがある。
ファンドマネージャーの成績は5年単位で評価
同社の開示資料(Governance, Risk Management and Capital Disclosures)によると、22年6月の段階で、約1700人の従業員と51人のパートナーがいる。ファンドの運用成績は5年単位で評価され、報酬に反映される(Remuneration Disclosureによる)。新卒採用と内部昇格制を採用し、長期のボトムアップ運用の企業文化を浸透させているという。
インパクト投資の「ポジティブ・チェンジ戦略」
さて、ベイリー・ギフォードには、LTGG戦略と並ぶ、重要な投資戦略がある。それが、「ポジティブ・チェンジ戦略」だ。これは、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)のESGの視点を取り入れた「インパクト投資」と呼ばれる手法である。
地球温暖化などの環境問題、サプライチェーンにおける児童労働、搾取などの人権侵害や女性活躍、株主権利の確保など、財務諸表には表れない非財務情報に着目するESG投資は、近年急激に拡大している。ESGの普及を目的とする団体であるGSIA(Global Sustainable Investment Alliance)によると、世界のESG投資の残高は2016年の23兆㌦から、20年には35兆㌦に増えているという。
社会的課題の解決と投資のリターンを両立
ESG投資には、ESGの観点で問題のある企業や業種を投資対象から外す「ネガティブ・スクリーニング」やESGの評価が高い銘柄を組み入れる「ポジティブ・スクリーニング」など様々な種類があるが、「インパクト投資」であるベイリー・ギフォードのポジティブ・チェンジ戦略は、「社会的課題の解決と投資のリターンの両立」を目指すものだ。具体的には、「社会的課題の解決に資する商品やサービスを提供する企業へ投資し、投資先企業の活動が新たな商品・サービスを生み市場を創出・拡大する」プロセスを通じて、投資家としてその成果を享受する。
中国出身のファンドマネージャーが考案
同戦略の運用チームの概要は上に添付の図の通りだ。同社によると、同戦略は中国出身のファンドマネージャー、リー・チェン氏のアイデアで誕生したという。同氏は、幼少期に中国が経済成長により、多くの人々が貧困から脱出するのを目撃。世界中の貧困層に同様の経験をしてもらいたいと、2012年のベイリー・ギフォード入社後、サステナブル投資について学び、経営層にインパクト投資のファンドを提案。それが、同ファンド誕生のきっかけとなった。
四つの大きなテーマ
同戦略は、①「平等な社会・教育の実現」、②「環境・資源の保護」、③「貧困層の課題解決」、④「医療・生活の質向上」――の四つの大きなテーマがあり、それに沿って、銘柄を選び出している。「ロイヤル・マイル」のLTGG戦略と同様、独自の情報ルートによる銘柄発掘、5~10年の長期スタンス、25~50銘柄への集中投資の方針は変わらない。
銘柄の組み入れ方法は以下の通りだ。①流動性を勘案し、調査対象銘柄を絞り込む、②インパクト・テーマの実現に貢献、長期の視点で成長が期待――の2点から投資対象銘柄をリストアップ、③社会課題への取り組み、経営陣のコミットメント、企業の競争力、バリュエーション(割安度)などのファンダメンタルズ分析に加えて、企業の意志、製品・サービスのインパクト、事業活動の方法の三つの観点から「インパクト分析」し、最終的に組み入れる銘柄を決定――というプロセスを踏む。
運用成績は世界株指数の2倍以上
ポジティブ・チェンジ戦略を採用した代表的なファンドの運用成績は、17年1月の設定開始の基準価額を100とすると、21年6月末に400となった。その間、参考指標である世界株指数のMSCI ACWIは178で、2倍以上の値上がりとなっている。
この戦略を日本の個人投資家向けに採用したのが、三菱UFJ国際投信が19年6月17日に設定した「ベイリー・ギフォード インパクト投資ファンド(愛称:ポジティブ・チェンジ)」だ。6月末の純資産残高は1500億円で、過去3年間の利回りは年率で24.16%。投信評価会社モーニングスターによると、「国際株式・グローバル・含む日本」のカテゴリーのファンド234本のうち、7位の運用成績となっている。
組み入れ上位は半導体関連、ヘルスケア、風力、低所得者向け融資銀行
組み入れ銘柄数は6月末で35銘柄。組み入れ上位10銘柄は、①蘭ASML、②台湾TSMC、③米モデルナ、④米農機具メーカーのディア、⑤糖尿病の血糖値モニタリング装置を開発する米デクスコム、⑥洋上風力を開発するデンマークのオーステッド、⑦中南米最大の電子商取引サイトを運営するブラジルのメルカドリブレ、⑧低所得者向けに小口融資(マイクロファイナンス)を行うインドネシアの銀行バンク・ラヤット・インドネシア、⑨低所得層に住宅ローンを提供するインドのHDFC(Housing Development Finance)、⑩電気自動車の電池のリサイクルを手掛ける米ユミコア、となっている。
4テーマ別では、①「医療・生活の質向上」34.6%、②「平等な社会・教育の実現」31.4%、③「環境・資源の保護」27.8%、④「貧困層の課題解決」4.7%の組み入れ比率となっている。
インパクト分析の結果を三角形の図で開示
具体的な銘柄選定のプロセスを見ていきたい。ベイリー・ギフォードでは、「ポジティブ・チェンジ戦略におけるインパクト分析の実践」と題する開示資料でその過程を示している。組み入れ比率1位のASLMと2位のTSMCは、誰でも情報やサービスにアクセスできる社会の基盤となる半導体を製造し、「平等な社会・教育の実現」に資するとの見方から、評価された。三角形の図は、ASMLの「インパクト分析」の結果を示す。それぞれの頂点は各項目の配点だ。ASMLは①「経営者(企業)の意志」では、「一貫して長期的な投資を行ない、業界のイノベーションをリードする意欲と、主要サプライヤーや顧客と協力して作業する能力を示してきた」として、3点満点中2点の評価。②「製品・サービスのインパクト」では、「デジタル革命における中心的な役割を果たすことや、それによる利益を考慮」し同2.5点、③「ビジネス・プラクティス(事業活動の方法)」では、「事業活動の透明性への強いコミットメント」などを評価し、同3点を付与している。
業界分析では、世界の半導体市場は2021年の5900億ドルから、25年には7000億ドル近くまで拡大すると予想。特に、車載半導体は20~25年まで年率16.3%の高い成長をすると予測している。
糖尿病患者の血糖値をリアルタイムで計測する「デクスコム」
組み入れ5位のデクスコムは、「医療・生活の質の向上」がテーマだ。同社は糖尿病患者向けの血糖値のモニタリングシステムを開発している。従来の製品は指にランセット(刃針)を指し、少量の血液を採取することが一般的で、血糖値の推移を確認することが難しかった。それに対し、デクスコムのものは体に密着させ、リアルタイムで測定が可能だ。糖尿病患者の数は、2021年の5.4億人から、45年には7.8億人まで拡大すると見込まれており、この分野の課題解決力が期待されている。①「経営者(企業)の意志」では3点中2点、②「製品・サービスのインパクト」では同1.5点、③「ビジネス・プラクティス(事業活動の方法)」では同1.0点の評価だ。
まだ、定まっていないESG要素の評価方法
実は、株式投資におけるESG要素の評価方法はまだ、定まっていない。ESG要素が運用成績に及ぼす影響についても、学術的に統一した見解が出ているわけではない。しかし、企業がSDGs(国連が提唱する持続可能な成長目標)を成長戦略の一環として経営に取り入れることが一般的になる中、株式投資におけるESGなどの非財務情報の重要性が増すことはほぼ間違いない。
ベイリー・ギフォードの「インパクト投資」開示の意味
そうした中で、歴史と実績のある長期投資家であるベイリー・ギフォードが、インパクト投資で一つの方法を開発し、かつ、個人投資家にその内容を開示したのは大きな意味がある。ベイリー・ギフォードも、「インパクト投資の評価方法が確立されていないことが課題として指摘されることがある。同投資においては目標設定を行った上で、インパクト計測の指標を適切に定めるなど評価方法を定めることが重要」と説明している。
ESG分析ツール「インパクト・カリキュレーター」
そのため、同社では、半年に一度、全組み入れ銘柄を紹介しているほか、毎年、「インパクト・レポートサマリー」でポジティブ・チェンジの保有銘柄や投資先企業が与えた社会的なインパクトを分析。さらに、個人投資家の投資した資金が、どれくらいの社会的なインパクトを与えるのかを計算できる分析ツール「インパクト・カリキュレーター」をウエブ上で公開している。これは、例えば、ポジティブ・チェンジに500万円を投資した場合、「3㌧の二酸化炭素の排出を削減」「3万8999㍑の飲料水を削減」などとそのインパクトを数値で示すものだ。
最後に参考として、「ポジティブ・チェンジ」と「ロイヤル・マイル」の過去1年間の運用成績を比較した表を掲載しておく。ESG投資の「効果」については、読者の判断にゆだねたいが、同社の各種開示資料を読み込み、35の組み入れ銘柄の顔ぶれを見るだけでも、新たな発見があるはずだ。
(終わり)
(稲留正英・編集部)