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小説 高橋是清 第199話 是清再び=板谷敏彦

(前号まで)

 関東軍の大陸侵攻が続く中、政府の不拡大方針に不満を持つ陸軍急進派がクーデターを画策、首謀者は逮捕されるものの、若槻内閣の政権運営は混迷する。

 昭和6(1931)年12月12日夜中午前2時、立憲民政党(以下民政党)若槻礼次郎内閣は総辞職を決めた。

 その朝、兜町の株式取引所にこのニュースが飛び込むと、金輸出再禁止と井上準之助蔵相による緊縮政策の終焉(しゅうえん)を期待して朝から大量の買い物が集まった。主要銘柄総じて1割方の上げで、出来高は取引所新を記録した。

 一部では平和な幣原外交を継続させるために若槻に再度組閣大命降下の期待も残っていたが、元老西園寺公望は、自壊した民政党は不適として、立憲政友会(以下政友会)総裁の犬養毅を指名したのである。

 12日土曜日の夜9時、組閣の大命を受け宮中を辞した犬養は、その足で赤坂表町の是清邸を訪れ大蔵大臣への就任を依頼した。

「大蔵大臣をお願いしたい」

 是清はこれに、

「いや私は高齢だし、病み上がりの身体」

 と通り一遍に辞退したところで犬養に手を握られた。

金輸出の再禁止へ

 犬養76歳、是清77歳、加藤高明の護憲三派内閣に共に参加して以来のつきあいである。それに是清は、隠居中も危機的な日本経済を前にいろいろと対処策を考え巡らせてきた。

 ナショナリスト(愛国者)である是清にとっては報国の機会である。本当は乗り気だったので、むしろ積極的に引き受けた。

 犬養はそのまま四谷の家に帰り、夜を徹して組閣の交渉に入った。閣僚の親任式は翌13日の昼に予定されている。

 犬養の基本的な政策は三つ。

・満州事変の適切な事後処理

・陸軍の文民統制

・金輸出の再禁止

 経済政策面では民政党と真っ向から対立していたが、外交面では幣原外交に近かった。だからこそ西園寺は犬養を指名したのである。

 政友会の中では自分に近い中橋徳五郎を内務大臣に、外務大臣には娘婿で国際連盟日本代表をしていたアジア通の外交官芳沢謙吉を、陸軍大臣には若手中堅将校から信任が厚い荒木貞夫、文部大臣には鳩山一郎を選んだ。また内閣書記官長には、軍と近い森恪(つとむ)を指名した。

 犬養は、アジアは共に発展すべきというアジア主義者で、孫文とは家族ぐるみの付き合いがあったほどの大の中国通、蒋介石とも知己である。武力侵攻などとんでもないと考えていた。

 そこで大陸政策において自分とは正反対の考えを持ち軍と太いコネクションがある森をあえて側に置くことにしたのだ。

 一方で田中義一総裁亡き後に、既に隠居していた犬養を引っ張り上げて政友会総裁に担ぐべく説得したのは森である。犬養総裁という神輿(みこし)を担いでいるのは自分だと考えていた。

*     *     *

 さて、大蔵大臣を引き受けた是清である。犬養が帰った後、自分のやるべきことは金輸出の再禁止とわかってはいたが、現場を離れて久しい。

 それに再禁止は就任後間髪を入れず実行しなければならない。時間をおけば、「円は安くなるがまだ時間がある」との人々の思惑を誘い投機筋を動かして金の流出を加速させ余計な混乱を招く。

 しかしいざ再禁止を実行となると細目でわからぬ数字も多い。

「こんな時に深井英五がおればなあ」

 日露戦争資金調達の時の絶妙だったパートナーを思い出し、あれやこれやと考えてもんもんとした夜を過ごした。

 朝になったが、是清はいまだ正式に蔵相に就任したわけでもない、親任式も済ませていないのに大蔵省の官僚や日銀幹部を呼び出すわけにもいかない。朝から政友会の人たちが訪ねて来て組閣の進捗(しんちょく)状況をあれやこれやと話す。しかし是清はそんなことよりも再禁止のことを考えてやきもきしていた。

 すると電話が鳴り、執事がとった。

「日銀の深井副総裁がぜひ訪問したいそうです」

 是清は電話口の執事を見ると相好を崩した。若槻内閣総辞職の後の大蔵大臣は高橋是清しかい…

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