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小説 高橋是清 第204話 新聞の変節=板谷敏彦

(前号まで)

 昭和7年5月15日、海軍将校ら4人が犬養首相を暗殺、世間では実行犯への同情が広がる。斎藤実新首相による挙国一致内閣が発足、政党政治は終焉(しゅうえん)を迎える。

 

 昭和6(1931)年9月18日の柳条湖事件によって満州事変が始まった。またこれは昭和20年8月15日に終わる日中戦争、太平洋戦争へと連なる長い15年戦争の幕開けでもあった。

 この年12月の日本の金本位制離脱は、奇しくもこの満州事変の最中の出来事だった。1897年の金本位制採用以来築き上げてきた日本と国際金融社会との紐帯(ちゅうたい)が途切れた瞬間でもあった。

 金本位制が日本経済復活の切り札と考える立憲民政党(以下民政党)は、同時に元外相幣原喜重郎に代表される米英協調、大陸不干渉を基調とする「幣原外交」を看板としている。

 これに対抗する立憲政友会(以下政友会)は金本位制こそが不況の原因であると、その停止を経済政策の目玉とする。

 政友会の中でも、犬養毅首相や高橋是清蔵相は、国際協調の立場で中国国民政府の主権に干渉しようとは考えていないが、内閣書記官長の森恪(つとむ)などは軍の一夕(いっせき)会をはじめとする幕僚エリートたちと連携して大陸進出に積極的だった。そのため政友会は軍寄りと見られていた。

 3月事件、10月事件と軍人が関係したクーデター未遂が発覚し、同時にテロが横行した。また軍は満州のみならず上海でも戦火を開いた。中国国民政府は国際連盟に日本を提訴し、国際社会は日本の侵略行為を非難した。

 こうした中で民政党から政友会への政権移行が行われ、是清が蔵相となって金本位制は停止されたのである。

2大新聞の反応

 満州事変は新聞も変えたといわれている。この戦火が拡大する中で、民主主義のよりどころ、真実を国民に伝えるはずの新聞はどう行動したのであろうか。

 当時の言論の自由を制約する法律は二つ、治安維持法と新聞紙法である。このうち新聞紙法第23条では、「安寧秩序を紊(みだ)す」、「風俗を害する」、が言論統制の基準となっており、この曖昧さが法の無限性や恣意(しい)性のよりどころとなっている。それはダメだと決めればそれが新たな基準となり、不可逆的なラチェットのように締め付けは厳しくなる。これこそが言論統制の特徴である。

 満州事変の3カ月前、朝日新聞は「行財政整理座談会・打開の途を討(たず)ねて」という座談会を開催し、これを5月16日から10回にわたって連載した。議論は尽きず、座談会はもう一度行われ、連載は合計22回に及んだ。

 これは当時の民政党内閣の公約だった行財政改革について、各界の意見を集約したもので、財界からは日立の創立者で政友会の久原房之助、鐘紡の武藤山治、学者では東京大学の美濃部達吉、京都大学の神戸正雄、政界からは井上準之助蔵相、江木翼(たすく)鉄道相、政友会前田米蔵など約20名が参加した。

 ここでは各省の統廃合、財政整理などについて活発に意見が交わされたが、中でも特に軍制改革が焦点となった。軍事予算削減や、連隊区司令部や憲兵の廃止、軍部大臣現役武官制の廃止、国防目標の再検討など、特に美濃部は陸軍の満蒙権益論を厳しく批判した。

 陸軍の少壮エリートからすればこうした組織外部からの軍制への干渉は我慢ならなかったであろう。

 陸軍は陸軍からの人間が議論に入っていないとクレームすると、朝日新聞は当時の南次郎陸軍大臣を誘ったが、陸軍側は、南は新任でまだ何も知らないからと出し渋って結局議論に加わらずに連載を容認したのだった。

 しかしだからといって当時の朝日新聞が反軍一辺倒だったわけではなく、関東軍…

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