国際・政治

政府の規制で色あせた中国ITの「チャイナ・ドリーム」=高口康太

毎日優鮮(ミスフレッシュ)の最高財務責任者は2年前、「今後3年間から5年間、2桁台の成長を維持する」述べていた。写真は2020年8月、北京市内で撮影 Bloomberg
毎日優鮮(ミスフレッシュ)の最高財務責任者は2年前、「今後3年間から5年間、2桁台の成長を維持する」述べていた。写真は2020年8月、北京市内で撮影 Bloomberg

 脈絡のないトップダウンの規制によって、「金の卵」を生むはずだった民間の活力が急速に失われている。»»特集「暴走する中国」はこちら

急伸する国有資本クラウド 大手IT企業の暗雲に

 2020年末の時点では、アリババグループ及びアントグループだけの問題と見られていた。中国に限らず、フィンテック(金融テクノロジー)企業は既存の金融ルールを破壊するため、金融当局とは緊張関係にある。その課題を解消しないでIPO(新規株式公開)を強行したことが逆鱗(げきりん)に触れたのではないか、と。

 しかし21年に入ると、ターゲットはアリババグループだけではないことが明らかになった。いつ取り締まりの対象になるのかわからないとの懸念が広がり、中国IT株は全面安の展開が続いている。世界の株式市場を見渡すと、インフレ懸念が高まった21年秋までは、コロナ対策の金融緩和を追い風として、テック株を中心とした株高が続いていた。その中で中国IT企業にだけは半年以上も早く、そして他国よりもはるかに厳しい冬が続いてきた。

相次ぐ新興企業の挫折

 その影響は株価低迷にとどまらない。IT、ロボット、新消費ブランドなど有望分野の中国企業は将来への期待値から利益を生み出せなくてもマーケットから評価され、資金調達を可能としてきた。俗に「焼銭(シャオチェン)」と呼ばれるが、赤字覚悟で規模拡大を優先させる経営が奨励されてきたのだ。これが中国経済のダイナミズムにつながっていたのだが、先行きが不透明化する中、利益を生み出せない企業への風当たりが強まっている。7月28日には生鮮EC大手の毎日優鮮(ミスフレッシュ)がサービス停止を発表、米ナスダック市場での上場からわずか1年で実質的な経営破綻に追い込まれた。同社は住宅地に多数の小型倉庫を設け、最短30分で配送する即時配送サービスのパイオニアとして騰訊控股(テンセント)や米投資銀行ゴールドマン・サックスなど有力機関投資家から累計150億元(約3000億円)を調達し、上場まで到達したスーパーベンチャー企業だった。しかし、配送員の人件費など高コスト体質が嫌われ追加の資金調達ができず、急転直下の破綻となった。

 レストラン配膳ロボットのプドゥー・ロボティクスは日本のレストランでもよく目にする新進気鋭のメーカーだが、資金調達に難航し、約3000人の従業員を500人にまで削減している。新興コスメメーカーの逸仙電商はソーシャルメディアを駆使したマーケティングから中国D2C(ネット直販)の成功例と目されてきた20年に米市場に上場し海外ブランドを買収するなど業務を拡大してきた。ところが一時は20ドルを超えていた株価は直近では1ドル台にまで低迷し、米証券当局から低迷が続けば上場廃止もありうると警告されるまでにいたった。黒字化を目指してマーケティング費用を削減したため、売り上げが急落したことが原因だ。

 中国、テック企業に厳冬をもたらした中国政府の規制はいったい、何を目的としているのか。一連の規制、取り締まりにはどのような意図があるのだろうか。

 習近平総書記が答えを語ることはないが、おそらくは「一貫した思想に基づくものではない」が正解なのだろう。フィンテック、独占禁止法違反、コングロマリット化、ゲーム規制、教育規制……各種の規制、取り締まりは監督省庁が異なり、その目的は必ずしも連携しているわけではない。実際規制の中にはもっと早く手を打つべきだった課題も含まれている。これまでは国の宝として手を出しづらかった成長産業に対し、今ならば規制しても大丈夫というムードが醸成されるなか、政府内のさまざまな主体があうんの呼吸で動き出したと見るほうがより実態に近いのではないか。

アルゴリズムも規制

 中国共産党内部にも、過剰な規制に警戒心を抱く人々はいる。経済分野における習近平総書記のブレーンとして知られる劉鶴副首相は3月の国務院金融安定発展委員会において、「透明化され予測可能な管理が必要」「赤信号、青信号をきちんと設定しなければならない」と強調した。次から次に規制が導入され、何が規制対象となるかわからないために投資が冷え込む状況に危機感を示したわけだ。

 ただ、21年夏ほどの大きな動きはないとはいえ、先行きを不安視させる動きが消えたわけではない。国家インターネット情報弁公室(CAC)は8月、アリババとテンセント、バイトダンスなど大手IT企業のアルゴリズム登記を受理したことを発表した。3月に施行された「インターネット情報サービス・アルゴリズムリコメンド管理規定」に基づく措置で、「世論属性、または社会動員能力がある事業者」は使用しているアルゴリズムを登記し、変更があれば速やかに報告する必要がある。

 すぐに事業者に打撃を与えるものではないが、ソーシャルメディアの推薦機能などで違法情報を拡散させた場合には事業者の責任が問われることもあり、IT事業者が従来のように自由で実験的なアルゴリズム変更ができなくなる可能性は否めない。

 大手IT企業にとって大きな不安材料となっているのが「国資雲」(国有資本クラウド)だ。中国のパブリッククラウド市場はアリババ、テンセント、ファーウェイと民間企業がトップシェアを占めるが、通信キャリアや国有企業ITベンダーは民間企業を上回るペースで成長しているという。安全性の問題から行政機関及び国有企業は国有企業のサービスを使うよう、政府が秘密裏に方針を定めたことが背景と見られる。以前には天津市で民間サービスの使用禁止を求める文書が公開されたことがある(後に撤回)ほか、先日はファーウェイが落札した山東省警察のビッグデータ活用プロジェクトが「落札企業に疑義あり」との理由で契約取り消しとなった。

 大手IT企業にとっては次の成長エンジンと目されているクラウドの未来に暗雲が垂れこめている。

 企業の発展には透明性のある、将来の展望がはっきりしているマーケットが不可欠だ。中国は1党独裁の長期政権と5カ年計画など明確な将来計画によって、民主主義国以上に予想しやすい市場ともいわれてきた。中国IT企業の厳冬はその前提が崩れつつあることを象徴しているようだ。

(高口康太・ジャーナリスト)

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