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経済・企業 暴走する中国

資本逃避、成長停滞、台湾統一 習総書記3期目直前に噴出する独裁の弊害=浜田健太郎

Bloomberg
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 中国出身のエコノミストの柯隆氏(東京財団政策研究所主席研究員)は最近、母国の友人から相談を受けた。

「北京の自宅を売って1億5000万円相当の資金を手に入れた。しかし、これを国外に持ち出すことができない。どうすればよいか」

 柯氏は「『地下銀行』を経営していないので、協力することはできない」と答えるしかなかった。»»特集「暴走する中国」はこちら

逃げるマネー

 柯氏の友人をはじめ、経済・社会の変調に危機感を募らせているのが中国の富裕層だ。正規の送金手段ではない「地下銀行」を通じて、米国、カナダ、オーストラリアなどに資金を移して、贅沢で快適な暮らしを目指す「キャピタルフライト(資本逃避)」が活発化しているという。

 状況を示すデータがある。中国の国際収支統計において、「誤差・脱漏」のマイナス金額が中国で増えていることだ。「誤差・脱漏」とは、統計で把握できない国際資金移動の数値を表すもので、いわゆる「アングラマネー」など違法性のある資金移動が含まれる。マイナスは国外への資金流出を意味し、その幅が一定の金額規模を超えると、キャピタルフライトが起きていると推察される(図1)。この状況を中国当局も警戒。地下銀行による送金に対する規制が強化されているもようで、冒頭のような相談があったという。

 富裕層に対する締め付けは、2年前に極めて象徴的な形で表面化した。標的になったのが、世界的な知名度を誇る中国IT大手の創業者たちだ。

 2020年秋、中国当局はまず、電子商取引大手(EC)アリババ・グループに矛先を向けた。フィンテック子会社アントグループによる株式上場計画に「待った」を掛けた。アリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏の消息が約3カ月間、明らかにならずさまざまな臆測を呼んだ。スマートフォン決済サービス「Alipay(アリペイ)」などを提供するアントグループの上場はいまだ実現していない。その後、中国当局による締め付けの動きは、騰訊控股(テンセント・ホールディングス)など他の中国テック企業にも向かった。

 ジャック・マー氏や、テンセント創業者で最高経営責任者の馬化騰(ポニー・マー)氏など、イノベーションを起こして巨万の富を得た成功者たちが当局の標的になった一連の出来事は、中国が、起業家や資本家たちに名誉や安住を保証しない社会主義国であるという厳然とした事実を、世界に印象付けた。

限界の不動産バブル

 新型コロナウイルスの感染拡大が世界で猛威を振るった20年。先進各国で軒並み国内総生産(GDP)がマイナス成長に陥る中、中国では2.3%のプラス成長(物価変動の影響を除いた実質)を記録。21年にも8.1%と主要国で最も高い成長率となり、中国経済の強さを印象付けた。

 ところが、22年4~6月期には実質成長率が前年同期比0.4%で、前期(1~3月)実績の4.8%から急ブレーキが掛かった。習近平国家主席が主導するゼロコロナ政策により、上海などの大都市圏で長期間の都市封鎖(ロックダウン)を実施し、経済活動が滞った結果だ。22年上期(1~6月)の実質成長率も2.5%と振るわず、中国政府が掲げる22年の成長率目標(5.5%)の達成は厳しいとみられている。

 中国経済の失速を端的に示しているのが、不動産市場の落ち込みだ。マンション販売は、21年1~5月期に販売面積で前同期比39%、同金額で56.5%の伸び率を示していたが、22年には面積・金額ともにマイナスに転じている(図2)。広義の不動産関連産業は中国のGDPの3割近く寄与するとされ、2割前後かそれ以下とされる欧米や日本などに比べ依存度が高い。

 昨年9月には大手不動産デベロッパーの恒大集団の経営危機が表面化。22年6月には、着工したものの建設が止まったマンションで事前にローンを組んだ購入者による返済拒否が、中国全土で相次いでいるという。

 中国の不動産市況について柯氏は、「バブルの問題は以前から指摘されていた。間違いなく事態は深刻化しており、しかも問題は金融システムに飛び火している。いま中国は実態としてマイナス成長に陥っている」と指摘する。

 中国では生産年齢人口が13年に約10億600万人でピークに達し、今後も長期にわたって減少していく見通しだ(図3)。これは、中長期の経済の成長軌道を示す潜在成長率を押し下げる要因になる。人口要因による成長率の低下を補うには技術革新、イノベーションの推進が不可欠とされる。

 柯氏は、中国経済の今後の展望について、「習近平政権が歩むべき方向ははっきりしている。日本は高度成長期が終わった後に、2度の石油ショックを通じて、省エネ技術の開発でイノベーションを起こして成長を継続した。10年に高度成長期を終えた中国もイノベーションを継続すれば、(成長が停滞する)『中所得国の罠(わな)』にはまらずに済む。ただし、その主役は誰かというと、中国政府ではなくて、企業や個人などの民間部門だ」と強調した。

中国には台湾統一「いつやるか」の問題

 不動産市場の変調や大手IT企業への締め付けが「内患」とすれば、台湾をめぐって米国からの挑発やけん制が増えていることは、習近平体制の「外憂」だろう。国内で強圧的な統治姿勢を貫いてきただけに、習氏は対外的にも弱腰とみられるような外交姿勢を取りづらい。

 世界中が注視する中で、習氏の面子(めんつ)を潰したのがペロシ米下院議長だ。ペロシ氏は8月2~3日に台湾を訪問し、蔡英文総統らと会談。「米国は台湾と世界の民主主義を守る」と強調した。米下院議長の訪台は1997年のギングリッジ氏以来だ。前回、中国は目立った反論はしなかった。当時米国と中国のGDP格差は約9倍。現在は1.3倍にまで縮まった。

 ペロシ訪台に中国の世論は沸騰した。中国共産党の機関紙、人民日報系の『環球時報』の胡錫進前編集長は、ペロシ議長訪台の数日前、ツイッターで「搭乗機を撃ち落とせ」と呟いた。搭乗機が無事、台北・松山空港に着陸すると、中国国内では、「なぜ撃ち落とさなかったのか」などとの書き込みが相次いだという。

 中国の人民解放軍は、8月4日から7日間、台湾島を取り囲むように6カ所の海域で大規模な軍事演習を行った。ただ、台湾の世論調査には台湾住民の大半が「恐怖を感じなかった」と回答した。米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』によると、11月にバイデン米大統領と中国の習近平国家主席との初の対面による会談が検討されているという。熱しやすいがすぐに冷める移り気なネット世論の特徴を見透かしたかのように、米中両政府とも事態をエスカレートさせる構えはみられない。

 とはいえ、中国にとって台湾統一は「やるかやらないか」ではなく、「いつやるか」の問題だ。中国の政治や軍事に詳しい小原凡司氏(笹川平和財団上席研究員)は、「2049年がタイムライン(期限)だが、それまで待つという意味ではない」とみている。その根拠は、19年1月、台湾統一に向けて方針を示した演説の中で習氏が、「領土の統一は『中華民族の偉大な復興』の必然の要求である」と強調したことにあるという。この演説で習氏は、台湾版の「1国2制度」の検討や、「一つの中国」の堅持、武力使用は放棄しない──なども提示した。台湾側は当然、提案に強く反発した。

経済悪化が台湾有事にも

「中華民族の偉大な復興」は、49年の新中国建国100周年までに米国を追い抜き、世界の最強国への復活を目指すことを主眼とする。習氏が、12年11月の共産党総書記就任、13年3月の全国人民代表大会(全人代)での国家主席就任、昨年7月の共産党創立100周年祝賀大会といった節目で繰り返し強調してきたスローガンだ。これを台湾とともに成し遂げると掲げることで、統一の期限を提示したと捉えられるという。ただ、49年までは相当の時間がある上に、その時点で習氏が存命だとしても96歳の超高齢に差し掛かる。果たして台湾統一はいつなのか。それは本当に可能なのか。

 今年秋に共産党総書記再選出が確実視される習氏の3期目の任期は27年だ。昨年3月に、当時の米インド太平洋軍のデービッドソン司令官が、「今後、6年以内(27年)に中国が台湾に侵攻する可能性がある」と米議会で証言したことで注目された時期と符合する。ただ、3期目の任期内に台湾統一を成し遂げた場合、習氏が4期目を担う大義名分が失われる。18年3月の全人代で、国家主席の任期を「2期10年」としてきた憲法を改正して、超長期政権に布石を打った習氏のもくろみと、数年以内の台湾統一とは整合しない面もある。

 小原氏は、「統一に動く時期は、簡単には判断できない。中国はまだ成長段階にあると考えており、今すぐに台湾に対して冒険することはしたくないだろう」と述べた。その上で同氏は、「中国経済が著しく低迷し、さらなる発展が望めなくなると、共産党による統治の正当性に対して疑問符が付くようになる。そのような場合は、通常兵力で米国に追いつく希望も失い、核による恫喝(どうかつ)を用いて台湾武力統一に動く可能性も否定できないだろう」との見方を示した。

(浜田健太郎・編集部)

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