国際・政治

台湾海峡「一触即発」の常態化で始まった東アジアの新局面とは=近藤伸二

台湾入りしたペロシ米下院議長(中央、2022年8月、台北市) Bloomberg
台湾入りしたペロシ米下院議長(中央、2022年8月、台北市) Bloomberg

 台湾を巡って米国と中国が互いに挑発しあう。事態のエスカレートを防ぐ仕組みを見いだせるのか。»»特集「暴走する中国」はこちら

今秋は米国で中間選、中国で党大会、台湾で地方選のため緊張が高止まり

 米国のペロシ下院議長の台湾訪問に対する報復として、中国が大規模な軍事演習に踏み切り、「第4次台湾海峡危機」が発生した。台湾侵攻の具体像がくっきりと浮かび上がっただけでなく、中国は軍事的圧力を「常態化」する構えも見せており、台湾有事は新しい局面に入った。

 ペロシ氏は8月2日台湾に到着し、翌日、韓国に移動した。中国軍は4日から軍事演習に着手し、通告の7日を過ぎて10日まで続けた。

 演習は台湾を取り囲むように六つの海域を指定し、11発の弾道ミサイルが発射され、航空機100機以上が台湾海峡の事実上の停戦ラインとされた中間線を越えた。十数隻の艦船も台湾周辺で活動するなど、台湾封鎖に重点を置いた「リハーサル」だったことが明らかになった。

 中国軍は8月10日に演習終了を告げたものの、「戦争準備を継続し、台湾海峡の警戒を常態化する」として、その後も中国軍機の台湾海峡中間線越えなどが頻発している。

 14日には、米上院外交委員会で東アジア政策を統括する民主党のマーキー上院議員が率いる米議員団5人が台湾を訪れた。反発した中国が台湾周辺の空海域で軍事演習を行うなど、応酬はエスカレートする様相を見せている。

本音は衝突回避

 民間シンクタンクの台湾民意基金会が8月16日に発表した世論調査結果によると、ペロシ氏訪台を「歓迎する」は52.9%に上り、「歓迎しない」(24.0%)を大きく上回った。

 背景には、中国が台湾に武力行使した場合、軍事関与するかどうか明確にしない米国の「曖昧戦略」がある。5月に東京で開いた日米首脳共同会見で、バイデン大統領は米軍の関与を問われ「イエス」と明言したが、その後、「台湾政策に変更はない」と軌道修正した。「台湾の民主主義を守る」というペロシ氏の訴えが台湾の人々の心に響いたのは確かだ。

 だが、今回のペロシ氏訪台にバイデン氏は消極的だったことなどもあり、基金会の同じ調査では、台湾有事が起きた場合、米軍の派兵を「信じない」(47.5%)が「信じる」(44.1%)を上回っている。

 こうした情勢を見据え、台湾の呉釗燮(ごしょうしょう)・外交部長(外相)は英BBCのインタビューに「台湾は自己責任で台湾を防衛する。他国に参戦を求めない。ただ、我々を支持してくれることを望んでいる」と自主防衛の決意を語った。

 また、今回の演習で、航空会社が台北便をキャンセルしたり、海運大手の船舶が台湾海峡通過を避けたりする動きがあった。台湾海峡は世界のコンテナ船の5割が通る重要なシーレーンであり、実際に封鎖された場合、世界経済に及ぼす影響は計り知れない。

 昨年の台湾の輸出額の42.3%が香港を含む中国向けだ。台湾は中国との貿易で、全貿易黒字の66.5%に当たる434億ドル(約6兆円)を稼いでいる。中台経済は電子部品のサプライチェーン(供給網)を中心に深く結び付いており(図)、この構造は2016年の民進党・蔡英文政権発足後も変わっていない。

 さらに、中国は台湾からかんきつ類や魚類の輸入を停止しており、経済界からは「ペロシ氏訪台は台湾にとってマイナスだった」(許舒博・全国商業総会理事長)といった恨み節も聞こえた(台湾紙『工商時報』電子版8月3日)。

 一方で、現時点での武力衝突を望まない点では、中国は米国と一致する。軍事演習もペロシ氏が台湾を離れてから始めるなど、米国への配慮がうかがえる。中国政府は演習に合わせて、00年以来22年ぶりに台湾統一に関する白書を公表したが、武力行使は「やむを得ない状況の中での最後の選択」と強調しており、交渉による平和的統一の余地を残している。

 ただし、それも台湾の政治状況次第だ。台湾では24年に総統選が行われ、2期8年の規定任期満了となる蔡総統の後任を決める。中国は対中融和路線の最大野党・国民党とは話し合いに応じる姿勢を見せているが、「一つの中国」原則を認めない民進党とは一切の対話を拒否している。次の総統選で民進党が勝てば、その先も民進党政権が定着し、平和的統一の可能性が消滅する事態も想定される。

蔣介石元総統のひ孫、蔣万安氏(19年12月、台北市で)
蔣介石元総統のひ孫、蔣万安氏(19年12月、台北市で)

 11月には、台湾で統一地方選が行われる。台北市長選では、コロナウイルス対策で名を上げた陳時中・衛生福利部長(衛生相)が民進党から、蒋介石のひ孫の蒋万安・立法委員(国会議員)が国民党から出馬し、事実上の一騎打ちとなる見通しだ。蒋氏は43歳の国民党のホープで、当選すれば、将来の総統候補として浮上するとの見方もある。中国は情勢分析に余念がないはずだ。

 今秋、中国では5年に1度の共産党大会が開催され、習近平総書記がこれまでの慣例を破って3期目入りするとみられている。3期目が終了する27年は、中国軍設立100周年の記念の年でもある。台湾国防部(国防省)は、「この年までに、中国軍は台湾侵攻に十分な軍事力を備える」との報告書を公表している。

「弱腰批判」が招く緊張

 習氏は台湾対岸の福建省で17年勤務した経歴を持ち、台湾の知人も多く、自他ともに認める「台湾通」だ。「台湾問題は自分の代で解決する」と発言したこともある。3期目の業績として台湾統一に道筋をつけ、歴史に名を刻みたいと思っても不思議はないだろう。

 昨年、米インド太平洋軍のデービッドソン前司令官が上院公聴会で「今後6年(27年)以内に中国が台湾に軍事侵攻する恐れがある」と具体的な時期に言及したのも、中国の事情を勘案したものだ。

 米国で中間選挙、中国で共産党大会、台湾で統一地方選と、米中台はこの秋に「政治の季節」を迎える。それぞれ「弱腰」批判を恐れて強硬な言動が幅を利かせるようになり、台湾海峡の緊張は高止まりする状態が続くだろう。不測の事態発生を防ぐメカニズムの構築が求められよう。

 今回の軍事演習では、日本の排他的経済水域(EEZ)内にミサイル5発が撃ち込まれるなど、台湾有事の際は、日本も対岸の火事ではすまないことを見せ付けられた。そういう立場にあるからこそ、台湾海峡の安定化にどんな役割を果たすことができるのか、日本独自の外交戦略が問われる。

(近藤伸二・ジャーナリスト、元毎日新聞台北支局長)

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