週刊エコノミスト Online森永康平の おカネの真相

経済指標を正しく読めば、FRBの政策もインフレも円安も深く理解できる 森永康平

経済指標を正しく読み解くには…
経済指標を正しく読み解くには…

 新型コロナウイルスの第7波が落ち着き始めた影響か、対面でのイベントも再開され、個人投資家や経済に興味のある学生と話す機会が増えてきた。興味の対象は十人十色か……と思いきや、さすがに現況下では、米国の中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策、世界的なインフレ、円安の3つに興味が集中している印象だ。6月に発売された『経済指標 読み方がわかる事典』が好評なので、今回はこの3つのテーマについて、米国の経済指標を基に読み解いていこう。

経済指標を見る上で重要なポイント

 経済指標を見る時に注意してほしいのが、大項目の数字だけで判断しない、ということだ。たとえば、金融政策にも強く関係する米国のインフレ指標を例にしよう。米国の8月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比+8.3%と2カ月連続で伸び率が鈍化(6月:同+9.1%、7月:同+8.5%)した。この大項目、つまり消費者物価指数でいえば「総合の変化率」だけを見れば、米国のインフレはピークアウトしたようにも思える。

 しかし実際は、内訳を見なければ正しい理解をすることはできない。前月から伸び率が鈍化した7月の消費者物価指数が発表された後に行われたジャクソンホール会議において、パウエルFRB議長は「利上げは家計や企業に打撃を与える」という認識を示したうえで、それでも伸び率の鈍化に安心せず利上げのペースは落とさないと発言。その後に株式市場は大きく下落した。そして、前述の通り8月の消費者物価指数は更に伸び率が鈍化したにも関わらず、株式市場は同様に大きく下落した。

 総合から「食料(酒類を除く)およびエネルギー」を除いたコアCPIの伸び率を見てみると、こちらはむしろピークアウトしたとは思えない状態だ。

 つまり、天候要因や地政学リスク、投機資金などの影響で価格が変動しやすい食料やエネルギーの価格変動を除いて物価の趨勢を見てみると、依然として高いインフレ状態にあるからこそ、利上げのペースは落とさないという判断をしたのだ。

FRBが強硬な姿勢を続ける理由

 米国の消費者物価指数について更に細かく内訳を見てみよう。エネルギー価格の下落が総合の伸び率を鈍化させたと前述したが、内訳を見るとエネルギー価格のなかでも天然ガスの価格はそれほど下落していないが、ガソリン価格が大きく下落し、それが総合の伸び率を鈍化させることに寄与したことが分かる。

 このように、内訳まで見ていくことで、経済指標が良かったとか悪かったというような単純な判断だけではなく、その理由や背景まで詳しく理解できるようになるのだ。

 上図は消費者物価指数の構成品目のうち3品目をグラフ化したものだが、昨年からジリジリと上昇を続けている品目があることに気が付く。それは住居費だ。住居費は主に帰属家賃と家賃で構成されており、消費者物価指数に占める割合は3割近くと重要な品目だ。

 家賃は食料やエネルギーの価格とは異なり、変動しやすいものではなく、むしろなかなか価格が動かない硬直性を持っている。その家賃を含む住居費がジリジリと上昇し続けているからこそ、足元のインフレには相当な覚悟で臨まないと、目標とする2%の水準まで物価を戻せないと考えているのだろう。

複数の指標から仮説を立てる

 それでは、住居費が上昇している理由は何か。他の経済指標を見てみよう。FRBが金融政策を転換して利上げを開始すると予想され始めたころから、米国の10年債の利回りは上昇し、やや遅行するかたちで30年ローンの金利も上昇し始めた。

 当然、ローン金利が上昇すれば、住宅購入をあきらめる人が増えるだろう。実際に米国の住宅市場の経済指標をグラフ化すると以下のようになっており、明らかに販売件数が減速していることが分かる。

 住宅購入をあきらめる人が増えれば、それだけ賃貸への需要が高まる。賃貸への需要が高まるということは、家賃相場が上昇することを意味しており、前述の消費者物価指数の内訳にあった住居費の上昇とも整合性がある。

 このように、金利や住宅市場の指標を見ることで住居費の上昇シナリオを立て、その仮説が正しいかどうかを消費者物価指数の内訳を見て確認する、という習慣を身につけておけば、ジャクソンホール会議でのパウエルFRB議長の発言の意図や、8月の消費者物価指数が発表された直後に株式市場が大きく下落した理由なども理解できるようになるだろう。

円安が止まるシナリオとは?

 さて、米国のインフレやFRBの金融政策の態度などについては理解が深まったと仮定して、最後に円安についても考えてみよう。

 足元で進行する円安は日米の金融政策の態度の違いにある。これまで見てきた通り、米国ではインフレ退治に躍起になって金融を引き締めているのに対して、日本銀行は金融緩和を維持している。これが円安の大きな要因であるわけだから、円安が止まるとすれば、この金融政策の態度の違いに変化が生じる時といえるだろう。

 米国側に変化があるとすれば、ハイペースな利上げを続けてもなかなかインフレが鎮静せず、一方で景気が失速して想定以上に景気が冷え込みそうになれば、1つのシナリオとして現在の目標である物価2%の水準を変更するということも考えられる。たとえば、物価目標を3%や4%に引き上げるということだ。仮にこのような変更が生じれば、利上げのペースは鈍化し、場合によっては利下げへの転換も考えられるだろう。

 一方で、日本銀行は来年の春に黒田総裁、そして副総裁の任期が満了して次の総裁・副総裁人事が決定する。7月の審議委員の人事を見る限り、黒田路線をそのまま継承するとは考えにくい。日本国内の物価高は円安によるものだという論調が強化されれば、人事が変わるタイミングで金融緩和をやめて政策を転換する可能性はある。

 多少のズレはあったとしても、このように日米両国において金融政策の転換が行われた場合は、円安トレンドは一変する可能性がある。念のため、このシナリオも頭の片隅に入れておいた方が良いだろう。

 複数の経済指標を内訳レベルまで確認して仮説を立て、常にこの仮説をブラシュアップしていくことによって、経済や相場の先行きを見通す能力が高められる。最初のうちは新聞やネットニュースで経済指標の結果をしることからはじめて、徐々に自分で一次情報を確認し、更には内訳まで確認できるようにするとよいだろう。

 おカネにまつわるさまざまな「真相」に迫る「森永康平の おカネの真相」は、随時掲載します。

森永 康平(もりなが・こうへい)

 金融教育ベンチャーのマネネCEO。経済アナリストとして執筆や講演をしながら、キャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOを兼務する。日本証券アナリスト協会検定会員。主な著書は『MMTが日本を救う』『親子ゼニ問答』。

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