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週刊エコノミスト Online 森永康平の おカネの真相

経済指標が示す物価上昇率と庶民の「体感」のギャップの正体=森永康平

経済指標と「体感」にはなぜギャップがあるのか…
経済指標と「体感」にはなぜギャップがあるのか…

 世界中で物価高が止まらない。米国の労働省が発表した6月の消費者物価指数は、前年同月比プラス9.1%となり、1981年11月以来、最も高い水準を記録した。欧州連合統計局が発表した6月のユーロ圏消費者物価指数も速報ベースで同プラス8.6%となり、前月の同プラス8.1%から加速して過去最高を更新した。欧米に比べればまだ日本の物価上昇率は低いものの、家計の体感としては物価高の影響は数字以上に大きいものだろう。今回は経済指標と体感のギャップや、マクロとミクロの違いなどについて物価を軸に学んでいこう。

日本の物価高の主な要因はエネルギー価格の上昇

 欧米の消費者物価指数の上昇率が前年同月比でプラス8~9%となっているが、前述の通り日本の消費者物価指数の上昇率は相対的に低水準となっている。総務省が発表した5月の消費者物価指数の上昇率は前年同月比プラス2.5%だった。

 この世界的な物価高の背景には様々な要因がある。コロナ禍が落ち着き経済活動を再開して需要が一斉に高まる一方で、人手・半導体・コンテナなどあらゆるものが不足するという供給制約が生じたことで物価が上昇した。

 更には2月下旬にロシアがウクライナに侵攻したことで原油をはじめ、あらゆるエネルギー・資源価格が上昇したことも追加要因として挙げられる。

 日本に限って言えば、時を同じくして日米間の金利差が拡大していくなかで急速に円安が進行し、結果として輸入価格が上昇したことが国内の物価上昇圧力を加速させてしまった。

 しかし、もう少し消費者物価指数を詳しくみていくと違う側面もみえてくる。天候の影響で価格が変動しやすい生鮮食品、地政学リスクや投機資金の影響で価格が変動しやすいエネルギーを除いた「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」は同プラス0.8%と1%にも満たない上昇率である。つまり、日本においては物価全体の趨勢としての上昇傾向は非常に弱く、あくまでエネルギー価格が主に全体を押し上げているということが分かる。

「頻繁に購入するもの」ほど物価上昇率が大きい

 6月に『経済指標 読み方がわかる事典』というマニアックな書籍を出版した関係で、学生に経済指標の読み方を解説していたときのことだ。ある学生が、次のような質問をしてきた。

 物価全体の趨勢を見ながら金融政策や財政政策の内容を決めていくと考えたときに、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」の上昇率が前年同月比プラス0.8%と1%にも満たないため、現時点で金融を引き締めるような段階ではないということは理解できるが、だからといって本当に家計は苦しんでいないと言えるのか――。

 その質問の背景には、自分自身の体感では明らかに物価高を感じており、体感としての物価上昇率は経済指標に表れる数字よりも上だ、というのがあるのだろう。

 これは、学生の体感が正しく、実は経済指標にもそれは表れている。

 たとえば先程みた日本の5月の消費者物価指数も、内訳を細かくみていけば、電気代は前年同月比プラス18.6%、ガソリンは同プラス13.1%、生鮮野菜は同プラス13.1%と物価上昇率は軒並み10%を超えている。これらの品目は生活していれば支出せざるを得ないものであり、体感している物価高が経済指標よりもひどく感じるのには、このようなからくりがある。

 また、年間の購入頻度ごとの物価上昇率をグラフにしたものが下図だ。頻繁に購入する品目ほど物価上昇率が高く、足元では5%近くまで上昇していることがわかる。

 支出項目別の物価上昇率もみてみよう。基礎的支出項目というのは生活必需品と考えていい。物価が高いから買わないでおくという選択ができない生活必需品の物価上昇率も5%近く上昇しており、これらの内訳をまとめれば、家計の体感は5~10%ほどの物価上昇率といえよう。

自分たちに出来ること

 体感する物価上昇率がこれほど高まっている中で、「自分たちは何をすればいいのか」という質問を、学生から続けて受けた。

 個人で出来ることは限られている。たとえば、筆者自身が何かをしたところで、原油価格を下げられるわけでもなければ、円安を止められるわけでもない。FP(ファイナンシャルプランナー)の資格は持っているもののFPとして活動をしているわけではない筆者がこのようなことを書くのも気が引けるが、個人で出来ることといえば、ベタなところでは「家計を改めて見直す」というのが挙げられる。たとえば、自分の生活にあわせて電気会社とガス会社を見直すことで、いま支払っている水道光熱費を下げることも可能だろうし、スマホの契約を大手通信キャリアから格安スマホに切り替えることで通信費を抑えることも可能だ。

 また、これもインフレ局面ではよくいわれることだが、現預金の価値が目減りするため、現預金の一部を投資にまわすことも1つの策といえよう。現在は国が「つみたてNISA」や「iDeCo(個人型確定拠出年金)」などの非課税制度を用意してくれているので、うまく制度を活用しながら投資をすることで、税引き後で通常よりも高い期待リターンを望める。

 もちろん、最もシンプルなことは節約をすることだ。コロナ禍では外食の機会が減り、自炊をする人も増えただろう。かくいう筆者もその1人だが、自炊して1週間分の料理をまとめて作り置きするだけで、食費は相当抑えられる。

みんながみんな財布のひもを締めると悪循環に陥る

 経済を語るのであれば、このような個人の合理的な行動が、経済全体で見れば悪い状況を生み出すという「合成の誤謬」という事態にも配慮しなくてはいけない。インフレ局面で日本のように賃金が上がらなければ、合理的に動く家計は前述のような節約をする。その結果として、企業の業績が悪化するので、企業は利益率を維持するために賞与を減らしたり、非正規雇用を増やしたりすることになる。これもまた合理的な行動だ。そうなると、家計は更に節約し、企業は更に…。このような悪循環がいわゆる「デフレスパイラル」だ。

みんなが節約をしてしまうと…
みんなが節約をしてしまうと…

 家計と企業が合理的に動いていくなかで縮小均衡するのであれば、国内経済における最後の経済主体である政府が縮小均衡を打破しなくてはいけない。短期的には減税や現金給付などで家計を支えつつ、中長期的には国内の生産能力に投資をすることが重要だ。投資をすると財政が悪化してより円安が進んでインフレが悪化するという意見はよく聞くが、むしろ生産能力を増強することでインフレを抑制することが可能であり、その逆のパターンを今回日本は経験しているのだ。食料もエネルギーも輸入依存していた結果、海外で起きた戦争による物価高を日本は輸入することになった。

 このように、消費者物価指数という1つの経済指標をとっても、これだけ見るべき項目や考えるべきことは多いのだが、国内外には100以上の経済指標がある。この記事を読んだことで、経済指標に興味を持ち、自分で生のデータを確認し、様々なシナリオを自分の頭で考えるきっかけとしてもらえれば幸いだ。そうした人が増えれば、日本経済にとってもプラスとなるだろう。

 おカネにまつわるさまざまな「真相」に迫る「森永康平の おカネの真相」は、随時掲載します。

森永 康平(もりなが・こうへい)

 金融教育ベンチャーのマネネCEO。経済アナリストとして執筆や講演をしながら、キャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOを兼務する。日本証券アナリスト協会検定会員。主な著書は『MMTが日本を救う』『親子ゼニ問答』。

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