「超円安時代」を生き抜くために 子どもたちに教えておきたいこと=森永康平
4月28日、日本銀行が大規模な金融緩和を維持することを発表したのを機に、東京外国為替市場では円相場が1ドル=130円台まで値下がりしている。実に20年ぶりの円安水準だ。節目となる「130円突破」で、今後は更に円安に関する報道が増えるに違いない。
子を持つ親なら、きっとこう考えるだろう。子どもに円安について聞かれたら、しっかりと答えられるか。長期円安時代に突入したのだとしたら、これから子どもをどのように育てればいいのか――。今回は、そのような観点から円安を考えてみよう。
子どもに円安って何?と聞かれたら
最近の子どもは新聞も読まないし、テレビも観なくなっているとよく言われるが、スマートフォンで情報収集をしていることもあり、タイムリーな話題は案外しっかり認識しているようだ。実際、筆者が高校生や大学生に金融教育の講義をしたあとの雑談タイムでは、鮮度の高い情報をしっかりと仕入れていることに感心させられる。ただしデメリットもあって、いわゆる「バズワード」や「ホットワード」というものに注目してしまい、その本質や歴史にまでは思考が巡っていないこともある。
さて、「円安」という言葉がホットワードになっている今は、円安に興味を抱いている子どもが多いだろう。読者の皆さんは、子どもに「円安って何?」と聞かれたら、正確に回答できるだろうか。
「円安」「円高」とは、日本円が外貨に対して相対的な価値がどのように変動したかを示す言葉である。
まず、1ドル=100円というのは、日本円と外貨(ここでは米ドル)との「交換レート」、つまり100円を渡せば1ドルと交換してもらえるということを意味する。交換レートが1ドル=120円になれば、1ドルをもらうのに100円ではなく120円が必要となるわけだから、ドルに対して円の価値が下がっているということであり、「円安になった」ということになる。
悪い円安論について
子どもたちは次に、「円安になると私たちの生活にはどのような影響があるのか」という質問を投げかけてくるだろう。
一般的に円安のメリットとして、「日本の輸出企業が価格競争力を得る」という点が挙げられるが、これには子どもたちはあまりメリットを感じられないだろう。海外に投資をしていた場合、投資先から外貨で得られる利子や配当が、円換算した場合に多くなるということも言えるが、これもまた子どもには実感しにくい話だ。
一方で、デメリットとして、円安になると海外旅行に行く際に外貨に両替すると、なんだか損をした気分になるので、分かりやすい例として使うことが多かったのだが、2年以上も続くコロナ禍で海外旅行に行く機会もなく、最近はこの例にも実感を持ってもらえない。円安のデメリットとしてもう1つ、「海外からの輸入価格が上昇する」という点が挙げられるが、これは生活実感にリンクしやすい環境下にあるため、子どもたちも実感しやすいだろう。
筆者はお金の勉強に限らず、物事にはメリットとデメリットの両面があるということを、子どもたちに理解させるように心がけている。円安についてもこのように、メリットとデメリットの両方をしっかりと説明するようにしたい。
「悪い円安論」がホットワードのようになっているからこそ、「円安=悪」と単純化するのではなく、現在はデメリットの方が目につきやすい状態にあるのだとしっかり理解させるべきだろう。
弱体化していく日本経済
さて、次に出てくる可能性がある質問は、「なぜ円安が進んでいるのか」である。
よく目にする解説は、次のようなものだ。インフレを退治すべく金融政策を「緩和」から「引き締め」に転換し、複数回の利上げが既に織り込まれている米国と、大規模な金融緩和を継続し、利上げについては議論すらしていないと明言する日本で、金利差が拡大しているためである――。
しかし、少し考え方を変えると、日本経済自体が弱体化していることが1つの要因であるともいえる。国際通貨基金(IMF)アジア太平洋局のサンジャヤ・パンス副局長は4月下旬のインタビューで「円相場でこれまでに見られているのは、ファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)主導だ」と述べている。コロナ禍やウクライナ侵攻を受け、日本が食料やエネルギーの多くを海外からの輸入に依存していることが改めて意識された。長年に渡って経済成長をせず、賃金も一向に上がらず、非正規雇用の比率が高まるといった根本的な日本経済の弱さも、円が売られる1つの要因になっている。
もちろん、為替相場は株式市場と同様に上下に波を打ちながら動いていくため、今後、円高に振れる瞬間もあるだろう。だが、いま重要なのは、この20年ぶりの円安局面を受け、その根本的な要因を分析し、どのような政策を打って経済を再起動させればいいのか、といった議論をすることである。
マクロとミクロの違い
最後に、今後も円安が続いていくと想定した場合、親は子どもに対してどのような教育をすればよいのだろうか。
筆者が考えるのは「子どもたちの選択肢を増やしてあげる」ことだ。例えば、子どもたちが「円ではなくて外貨を稼ぎたい」という考えに行きついた場合、ストレスなくその選択肢を実行に移せるような環境を作っておく。分かりやすい話でいえば、最低でも英語にタイするアレルギーは取り除いてあげた方がいいが、可能であれば海外で暮らす機会を作ってあげるべきだろう。
このような話をすると「日本を見捨てるのか」などという意見を受けることもあるのだが、これはあくまでミクロの話だ。つまり、個人としてこれからの時代をどう生き抜くかという話でしかない。マクロの観点から言えば、前述したようにどのような政策を打って経済を再起動させればいいのかを議論すべきなのだが、それは政治家や官僚の仕事であり、個人でどうにかできるものではない。
物事にはメリットとデメリットの両面があると前述したが、それとあわせて、物事にはマクロとミクロという2つの観点があり、同じ立場であっても観点によっては導き出される最適解が真逆になるケースがあるということも、子どもには早期に理解させるべきだろう。
おカネにまつわるさまざまな「真相」に迫る「森永康平の おカネの真相」は、随時掲載します。
森永 康平(もりなが・こうへい)
金融教育ベンチャーのマネネCEO。経済アナリストとして執筆や講演をしながら、キャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOを兼務する。日本証券アナリスト協会検定会員。主な著書は『MMTが日本を救う』『親子ゼニ問答』。