子どもに「インフレって何?」と問われて答えられない親のためのインフレ基礎講座=森永康平
子どもと散歩をしていると、モノの値段が上昇していることを実感する機会が多い。ガソリンスタンドではレギュラー価格がリッター170円を超え、肉も食用油もお菓子も値上がりしている。小学校低学年と未就学児の我が子たちはインフレという認識はもちろんないのだが、大学生と話していると多少はインフレという感覚を持ち始めているようだ。金融教育と称して子どもたちに経済の話をする機会も増えてきているので、今回は「インフレって何?」と子どもに聞かれて答えに窮している皆さんのために、いま起きているインフレについて解説してみたい。
コロナによる物価高
インフレとは、「モノの値段が上がり続けること」。これは、みんな知っているだろう。日本は海外に比べて「モノの値段が上がらない」と言われ続けてきた。ところがこの1年を振り返ると、連日のように値上げのニュースを目にしている気がする。つまり、インフレが起きているということだ。では、なぜ、このような状態になったのか。
今回のインフレは、いくつもの要因が複雑に絡み合っているからタチが悪い。新型コロナウイルスの感染拡大を目的として、世界各国で経済活動を意図的に抑制していた時期があった。日本でいえば緊急事態宣言、海外では更に厳しい都市封鎖(ロックダウン)だ。その後、経済活動を再開するにあたって、抑え込まれていた「需要」が爆発した。
ところが、爆発した需要に「供給」が追い付かなかった。まず、コンテナが不足した。コロナ禍で解雇されたものの、手厚い失業補償を受け取ったことで働く意欲をなくした従業員、株高によって資産を築き上げて引退した従業員の存在により、労働市場が行き詰まった。コロナ禍の影響で工場が操業を停止して部材の調達ができない、という事態まで発生した。こうした複数の要因に加え、原油をはじめとするエネルギー価格の上昇が追い打ちをかけた。
これまで、日本では「労働者の給料」も「モノの値段」も長期間にわたり上昇してこなかったため、企業は原材料費が上昇しても、値上げに敏感な消費者に忖度して、なかなか最終価格に転嫁できずにきた。だが、原材料費の上昇もさすがにここまでくると耐え切れず、一気に値上げラッシュが起きた、というのが真相だ。
為替と物価の関係
今回のインフレは、日本にとっては更にタチが悪い。それを理解するには為替についての簡単な知識が必要だ。
よくニュースで「今日の外国為替市場では1ドル=●●円で、円安方向に動きました」というようなコメントを聞くことがあると思う。これは日本円と米国ドルを両替するときの交換レートで、常に変動し続けている。
たとえば、昨年の初めには1ドル=103円台だったドル円相場は、足元では1ドル=118円台で推移している。さて、これは「円高になった」のだろうか。それとも「円安になった」のだろうか。慣れないうちは、間違いやすい。正解は「円安になった」ということになるのだが、では円安になると何が起きるのだろうか。
日本は多くの食料品や資源を海外からの輸入に頼っている。たとえば、原油を1ドルで輸入していたとしよう。昨年の初めであれば日本円にして103円で輸入できたものが、足元では118円かかるということになる。つまり、円安になると、海外から輸入するときの値段が日本円換算で高くなるということだ。
世界的に共通しているインフレ要因に、更に円安という新たなインフレ要因が乗っかっているため、今回の日本におけるインフレはタチが悪い、というわけだ。
戦争と投機資金の影響
インフレの要因は複数あると書いたが、なかでも影響が大きいのはエネルギー価格の上昇だ。原油価格は一時1バレル=130ドルを記録したが、なぜここまで価格が急騰したのか。その理由は簡単で、ロシアによるウクライナ侵攻が現実のものとなったからである。資源大国であるロシアが戦争を始めれば、資源の輸出に影響が出るというのも1つだが、それ以上に欧米各国による経済制裁によってロシアが多くの国との貿易ができなくなってしまったことも理由として挙げられるだろう。
ロシアがウクライナへ軍事侵攻し、そこに欧米各国が経済制裁を課せば、必然的に原油価格が上昇することは子どもでも容易に想像がつく話だ。当然ながら、それだけ分かりやすいシナリオが描ければ、実需目的、つまり「実際に使うこと」を目的とするのとは違う、投機を目的とする資金が原油市場に流れ込むことになる。
供給に対する先行き不安からの実需買いと、そこに群がる投機資金。この2つのお金の流れによって、エネルギー価格の上昇が引き起こされ、結果的にそれが世界的なインフレを巻き起こしたといえよう。
根本的には需要と供給
今回のインフレは、複数の要因が複雑に絡み合って生じたということはご理解いただけただろうか。では、モノの値段はどのようにして決まるのだろうか。
その仕組みは非常にシンプルだ。それは需要と供給のバランスによって決まる。この原則に基づけば、今回のインフレの結末についても一定の予想は可能であろう。大きな原因となっているコロナ禍とロシア・ウクライナ事案がいつ終結するのかに影響は受けるものの、一方的にモノの値段が上昇し続けることはない。なぜなら、モノの値段が上がると確実に需要が減っていくからだ。
我が国に限って言うと、モノの値段が上昇する中で、賃金がすぐに上昇するということはないのだから、消費減税やトリガー条項(レギュラーガソリンの小売価格が1リットル160円を3カ月連続で超えた場合、約25円の課税を停止する。130円を3カ月連続で下回ったら元の税率に戻す。東日本大震災の復興財源確保のため2011年から凍結されている)の凍結解除によって家計の負担を引き下げていくべきなのだが、残念ながら現政権ではその兆しは見えていない。
仮に誤った政策をとれば、将来的には国内における需要が更に減退し、まさかのデフレ再突入というシナリオまであると筆者は考えている。
インフレという身近なテーマであっても、このように深堀りしていくと、時事問題や為替、需要と供給などマーケットや経済の知識を積み上げることが可能だ。ぜひ、家庭でも買い物や散歩の際にモノの値段をフックにして、子どもとお金の話をしてみて欲しい。
おカネにまつわるさまざまな「真相」に迫る「森永康平の おカネの真相」は、随時掲載します。
森永 康平(もりなが・こうへい)
金融教育ベンチャーのマネネCEO。経済アナリストとして執筆や講演をしながら、キャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOを兼務する。日本証券アナリスト協会検定会員。主な著書は『MMTが日本を救う』『親子ゼニ問答』。