週刊エコノミスト Online森永康平の おカネの真相

金融教育の教材は家庭の中にある 子どもたちの「買い物ごっこ」に隠された「合成の誤謬」=森永康平

    子どもたちの買い物ごっこに隠された「経済学」を見逃してはいけない
    子どもたちの買い物ごっこに隠された「経済学」を見逃してはいけない

     9月に入り金融教育の講演やイベントで話す機会が増えている。主に小学生を相手に話すことが多いが、保護者も同席しているので、子ども向けの話が終わった後に保護者を対象に質疑応答の時間を設けている。多くもらう質問の1つが「子どもに金融教育をしたいが、どの本を買えばいいか。どの塾に入れればいいか」というものだ。

    私たちが子どもの頃は金融教育という言葉自体がなかったので、教育というと英語や数学のようにテキストを買ったり、塾に通って勉強したり、という連想をしてしまいがちだが、実際にはまだ金融教育のテキストや塾はあまり多くない。そこで、「実は金融教育の教材は家庭内にたくさんある」と回答するのだが、それがどういうことなのかを今回は紹介したい。

    子どもの行動を見逃さない

     家庭内にある教材とは、具体的には子どもたちの行動を指している。筆者は金融教育ベンチャーのマネネを立ち上げて4年目であり、この連載のようにメディアでも金融教育について様々な記事を書いているため、自分の子どもたちには英才教育をしていると思われることも多いが、実際にはそれほど特別なことはしていない。ただ、子どもたちの日々の行動をつぶさに観察して、そこから金融教育の教材になりそうなものを探し出そうという努力はしている。

     どのような行動に注目するのか。2つの事例を紹介しよう。

    我が家には3人の子どもがいて、上2人が女の子、一番下が男の子だ。まだ一番下の子が生まれる前のこと。2人の娘はまだ未就学児で、家ではよくおままごとをしていた。1人がお店屋さん、1人がお客さんという、よくある設定で買い物ごっこをする。オモチャのお金で買い物をして、手持ちのお金がなくなれば役割を交換する。この繰り返しだ。未就学児なので、足し算や引き算もできないので、支払う金額も値段設定もめちゃくちゃである。

     またある別の日、娘2人を連れて街中を散歩していると、ようやく言葉を自由自在に操れるようになったことが嬉しくてたまらない長女が、自分が店名を知っている店を見つけるたびに筆者に教えてくれた。「セブンイレブン、コンビニ」などと、店の名前と業態を教えてくれるのだ。

    どうだろう。この2つの光景は金融の英才教育を受けている子どもならではのものだろうか?おそらく、どの家庭でも似たような光景を頻繁に目にするのではないだろうか。

    買い物ごっこが終わっちゃった

     いつものように散歩をしていたある日、長女が「このお店は何?」と聞いてきた。そこには銀行があった。即座にうまい説明が思い浮かばなかったので、「お金を預けるお店だよ」と答えると、長女がそれはおかしい、と言う。「おかしいってどういうこと?」と尋ねると、自分たちは親から貰ったおこづかいは貯金箱に貯めているのに、なぜ大人は銀行に預けるのか、というのだ。返答に困ってしまい、実際にはろくに利子もつかないが、銀行に預けておくとお金が少し増えると答えると、長女は納得したようだった。

    銀行に預け過ぎると買い物ごっこは終わってしまう
    銀行に預け過ぎると買い物ごっこは終わってしまう

     後日、いつものようにお買い物ごっこをしていた2人だが、いつもと様子が違う。お客さん役の長女が、お金を使い切らないうちに役割を交換しようとする。そこで聞いてみると、手持ちのお金の一部が増えるように銀行に預けたのだという。すると、次女は何も分かっていないが姉のマネをして、やはり一部のお金は銀行に預けるという。何度か役割を交換している間に、オモチャのお金は全て銀行に預けられてしまい、おままごとが終了した。

     一体何をやっているんだか。ここで失笑して、せっかくの機会を見逃してしまってはいけない。2人が起こした事象こそが経済用語でいう「合成の誤謬」である。2人はそれぞれ全部のお金を使い切るのではなく、一部を貯金に回した。これは個人の行動としては良いことだろう。貯金が好きと言われている日本人らしい行動だ。しかし、最終的にはおままごとは続けられなくなってしまった。誰も悪いことをしていないのに……。

     このように個人(ミクロ)が正しいこと、良いことをしても、社会全体(マクロ)で見れば悪い結果となってしまうことを、前述のように合成の誤謬という。この概念は非常に重要だ。

    コロナ禍で考えるべきトレードオフ

     2020年からはじまった新型コロナウイルス禍でも、このような合成の誤謬はいくつも見受けられた。たとえば、感染拡大を防ぎ、自らも感染しないようにすべく、多くの人が外出を自粛した。国からも不要不急の外出は控えるように求められていたわけだから、これ自体は正しい行動であろう。しかし、その結果、飲食店や観光産業は甚大なダメージを受けてしまい、多くの雇用が失われてしまった。国民は国から出された要請に従っており、感染拡大防止の観点からも正しい行動を取ったにもかかわらず、社会全体では大きな損失が生じてしまったのだ。

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     コロナ禍において、別の事例も紹介しよう。昨年の春頃、全国のドラッグストアやスーパーから消えたものがある。マスクだ。多くの人がマスクを大量に買ったため、早く行動を起こせなかった人たちはマスクを買えず、更には弱みに付け込む形で高値で転売されたものを、買うはめになった。コロナの感染が拡大すればマスクが品薄になると予測し、他の人よりも早く買い物に行き、大量に買ったということは、個人が合理的に動いたということだ。しかし、その結果、社会全体ではマスクが偏在してしまったことになる。これらもまた合成の誤謬であるといえよう。

    金融教育=投資教育ではない

     たしかに、子どもの日常生活のなかに合成の誤謬を学ぶ機会があるのは分かった、だがそれは金融教育ではない、と思う読者もいるだろう。どうも日本では金融教育という言葉は投資教育と近しい意味で使われることが多いが、それは違うと筆者は考えている。金融教育とは、本来はもっと幅広い範囲をカバーする教育であり、経済学や簿記などの会計、税金や社会保障、社会の仕組みなどを教えることである。その一部に、資産運用などの投資教育が含まれると考えるべきだろう。

     子どもたちが日常生活のなかで行っている数々の行為には、金融教育の本質とも呼ぶべき教材が隠れている。子どもに金融について勉強させる、というよりは、親が子どもたちのそうした行為の中から教材になり得る概念を見つけ出し、強制はせず優しい言葉でエッセンスを伝えることが重要になるのではないだろうか。

     おカネにまつわるさまざまな「真相」に迫る「森永康平の おカネの真相」は、随時掲載します。

    森永 康平(もりなが・こうへい)

     金融教育ベンチャーのマネネCEO。経済アナリストとして執筆や講演をしながら、キャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOを兼務する。日本証券アナリスト協会検定会員。主な著書は『MMTが日本を救う』『親子ゼニ問答』。

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