家計の金融資産が日本の5倍のアメリカで4歳児が学んでいる驚きの金融教育とは=森永康平
この1、2年の間に、ネット上で「マネーリテラシー」という言葉を頻繁に見かけるようになった。
新型コロナウイルス禍でも株式市場は堅調であり、NISAやiDeCoなどの非課税制度を利用して投資をする個人投資家も増えており、自身が投資を通じて金融の知識を得たことで、我が子にもお金の知識を授けたいと考える人が増えているのかもしれない。
また、仮想通貨などで大きな損失を被るケースが増えていたり、給付金詐欺などが横行したりしていることから、予防の観点からも関心が集まっているのだろう。今回はマネーリテラシーを身に着ける際に重要な金融教育について、国内外の状況を共有したい。
日本でも家庭科で金融教育が始まる
日本でも遂に金融教育が始まる。文部科学省が2022年度から高校の新学習指導要領に資産形成の内容を組み込み、高校の社会・家庭科の授業に導入するというのだ。高校の家庭科は、家庭基礎と家庭総合の2科目に再構成されるが、それぞれに金融教育に関連する文言が入っている。高校学習指導要領に記載されている該当箇所のポイントをまとめると、家計管理、リスク管理、生涯計画、資産形成の四つに分けられる。
日本で金融教育というと、なぜか資産形成を目的とした投資教育と思われがちだが、実際には非常に幅広い範囲がカバーされている。家計管理はいわば収支バランスを考えて行動しようということで、これは小学校低学年からおこづかいの管理などを通じて学ぶことができる内容だ。リスク管理というとついつい投資でいうところの期待リターンとリスクのバランスを連想してしまうが、実際には天変地異や不慮の事故、または病気やケガなどのリスクをどのように想定して貯蓄や保険をかけるかという話である。
人生にはお金がかかる
生涯計画とは、ファイナンシャルプランナーが作るようなキャッシュフロー表を作成するイメージだ。どんな人生を送るかは十人十色であり、将来どうなるかなど誰にも正確には予測できないが、高校を卒業して、大学進学、一人暮らし、就職、結婚、出産、マイホームの購入など、ライフイベント毎にお金が必要となるため、お金について無計画に生きていれば、それだけでリスクを負うことになる。そこで、いつまでにいくら、どのように貯めるか、などの見通しを収入と支出のバランスを見ながら計画を立てていくということだ。
お金には、稼いで使って貯める以外に「増やす」という方法もある。そこで重要になるのが四つ目の資産形成ということになる。
このように見ていくと、非常にバランスよく広範にカバーされているという印象を受けるが、実際に家庭科の中の数時間だけでどこまでしっかりと学生に理解させられるか、という点には一抹の不安があることも事実だ。
米国ではリーマン・ショックを機に金融教育熱が高まった
一抹の不安があるとはいえ、この流れ自体は歓迎すべきであり、冷水を浴びせるつもりは毛頭ない。では、日本に先行する欧米の金融教育はどのようになっているのだろうか。
米国では学校教育については州などの地方行政府の権限範囲となっており、米国として統一のカリキュラムがあるわけではない。金融教育を必須としている州もあれば、任意選択としている州もある。
もともと米国では、十分な知識がないままローンを組んで破綻してしまう人も多く、州だけに限らず民間団体や金融業界によって様々な金融教育プログラムが用意されていたが、リーマン・ショックのあった2008年以降、更にその流れが加速した。
お国柄もあるのかもしれないが、ゲームを通じて株式投資や起業に伴うファイナンス(資金調達)を体験するようないわゆるゲーミフィケーションというスタイルや、ローンやクレジットカードと言った信用・借り入れ関連の座学、それにともなう利子(借り入れコスト)などの学習プログラムに重きが置かれている。
就学前に「Opportunity Cost」=「機会費用」の概念を学ぶ
筆者が金融教育ベンチャーのマネネを2018年に立ち上げた際、実際に米国から未就学児向けに書かれた金融教育の教材を取り寄せたが、歴史が長いだけによく考えられた内容になっていたことに驚いた記憶がある。その教材は絵本で、しかも片側1ページが絵、もう片側に文章が書いてあるが、文字も大きく、文量も少ない。絵本のテーマも近所の人の犬の散歩を手伝っておこづかいをもらい、そのおこづかいをどのように貯めるか、使うかという程度の内容だ。
しかし、その絵本が教える内容はレベルが高い。頻出する単語の一つに「Opportunity Cost」というものがある。日本語に直せば「機会費用」となるだろう。近所の人のお手伝いをして1ドルもらったとする。その瞬間、1ドルのお菓子を買うことができるようになるが、使わずに貯めておけば、再度1ドルをもらったときに、今度は2ドルのお菓子も買うことができるようになる。
消費行動をする際に、もらったおこづかいの合計額という制約のもとで、何をどのように買えば最も満足度が高くなるのか、という判断を子どもたちは迫られる。闇雲に無駄遣いをせずに貯金しろというのではなく、「使ってもいいけど、いま使うことが最善の選択なのか」、ということを幼少期から判断させる習慣を付けさせるというのは、貯蓄を推奨する日本とは大きく違う印象を受ける。
小学生は「寄付」についても学ぶ
また、小学生になると四つの穴が開いた豚の貯金箱を用意して、「使うか」「貯めるか」の2択ではなく、更に「増やすか」「寄付をするか」を加えた四つの選択肢の中から選ばせる。投資人口が少なく、寄付文化のない日本とはこの点でも大きく違う。
何よりも、未就学児や小学校低学年の頃からこのような内容に触れられる環境があるということは、ぜひ参考にしたい。
英国は体系的なプログラムを用意
ちなみに、英国では2014年から公立学校のカリキュラムに金融教育が含まれており、より体系的なプログラムが提供されている。内容は、日本と米国を混ぜたような印象だ。お金の管理やリスク管理、金融が社会の中でどのような役割を果たすかを学んでいく。批判的思考ができる消費者になるためのプログラムには、やはり「選択」を軸とした内容が盛り込まれており、日本ではマーケティングを学ぶ際に出てくる「ニーズとウォンツの違い」も未就学児が習うようになっている。また、数学でも金融における利率や単位価格などを習うことになっている。
このように外国の例を見ていくと、体系的なプログラムがどの程度用意されているかなど、多少の違いはあるものの、未就学児の頃から少しずつ金融教育を始めるという共通点があることが分かる。
日本ではどこまで期待できるのか……
2020年8月に日本銀行が発表した資料によると、日本の家計の金融資産が1845兆円であるのに対し、米国の家計の金融資産は5倍以上にあたる87兆ドル(1ドル=110円で換算すると9570兆円)。人口規模が異なるとはいえ、その差が大きいことには変わりない。英国でも家計の金融資産はこの何年かの間に大きく伸びており、日本は伸び率で大きく水をあけられている。
背景に、これまで見てきたような日本と欧米の金融教育を巡る格差があると考えることもできそうだ。
とはいえ、来年度から高校の家庭科の授業の一部で金融教育を行うことになった日本において、一足飛びで米国や英国のようなプログラムが実現すると期待するのは、少々酷だろう。
筆者は起業した2018年時点から一貫して主張してきたが、やはりしばらくの間は、家庭での金融教育が重要となると考えられる。筆者も3人の子どもを持つが、何が正解なのかは分からないまま、試行錯誤しながら強制せずに楽しみながら一緒にお金の勉強をしているところだ。
おカネにまつわるさまざまな「真相」に迫る「森永康平の おカネの真相」は、随時掲載します。
森永 康平(もりなが・こうへい)
金融教育ベンチャーのマネネCEO。経済アナリストとして執筆や講演をしながら、キャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOを兼務する。日本証券アナリスト協会検定会員。主な著書は『MMTが日本を救う』『親子ゼニ問答』。