経済・企業ベーシックインカム入門

中間層の没落、上位1%への富の集中……格差の拡大を示す「エレファントカーブ」とはなにか=森永康平

米国の人種差別への抗議デモ参加者と景観(Bloomberg)
米国の人種差別への抗議デモ参加者と景観(Bloomberg)

 2020年は年初から新型コロナウイルスが世界的に感染拡大し、世界経済に甚大な被害を与えた。新型コロナはまた、米国など世界各地で所得などの「格差」が厳然と存在する現実も浮き彫りにした。ベーシックインカム(BI)が今、議論される背景には、こうした格差の存在が影響を及ぼしている可能性がある。格差の現状はどうなっているのだろうか。

 米国で黒人男性が白人警官に取り押さえられた際に死亡した事件を受け、米国だけでなく世界中に抗議デモが広がった。根深い人種差別問題があるのは間違いないが、コロナ禍による格差問題も影響しているだろう。米労働省が発表する失業率を見ても、今年5月は13・3%と4月の14・7%からやや回復したが、人種別では白人が4月の14・2%から5月は12・4%と改善する一方、黒人は16・7%から16・8%に悪化している。

 米国での新型コロナウイルスによる死亡者数を見ても、黒人が全体に占める割合が非常に大きい。米ブルッキングス研究所の調査によれば、黒人など非白人の死亡率は白人に比べて6倍以上も高くなっている。バス運転手、老人ホーム、食料品店など、外出規制が出ている状況下でも他人と接触せざるを得ない職に就いており、在宅勤務ができない人が多いということが要因に挙げられるだろう。

 通勤の際に地下鉄やバスなどの密閉空間になりやすい公共交通機関を使わないと職場に行けない人が多く、かつ貧困に関連した基礎疾患(糖尿病、高血圧、心肺疾患など)を元々抱えていることも多いことから、新型コロナウイルスに罹患(りかん)した際に重症化しやすいことも理由と考えられる。このような格差問題はある時に急に表れるものではなく、社会には常に存在しているものだが、社会が混沌(こんとん)とすると表面化しやすくなる。

 例えば、リーマン・ショック(08年)の影響がまだ残っていた11年9月、1000人ほどの若者が金融大手の集まるニューヨークのウォール街で、「ウォール街を占拠せよ」を合言葉にデモや座り込みなどを行った。その3年後にはIT企業が集まるカリフォルニア州シリコンバレーで、シャトルバスの走行を妨害するデモも起きた。どちらも、金融業界やIT業界に勤める「勝ち組」に対して行われた抗議活動であった。

上位1%のシェア上昇

(出所)世界不平等データベースより筆者作成
(出所)世界不平等データベースより筆者作成

 フランスの経済学者トマ・ピケティ氏が14年に著した世界的ベストセラー『21世紀の資本』でも指摘したように、資本主義社会ではお金を持たざる者と富裕層の格差は拡大し続けていく。ピケティ氏らも参加する不平等や格差の研究者らによるプロジェクト「世界不平等データベース」(WID)によれば、所得上位1%の人の所得が国民所得に占めるシェアは、各国で年々高まっている(図1)。

 例えば、米国では1980年時点で11・2%だったのが、18年は20・5%にまで上昇した。日本は10年までのデータしかないが、80年時点では8・4%だったのが、10年には10・4%となっている。また、ドイツは17年時点で12・5%、英国は12・6%に達するほか、格差社会と縁がない福祉国家と思われがちな北欧のフィンランドでも17年時点で10・1%と、日本や欧州主要国とあまり変わりがない。

(出所)世界不平等データベース「世界不平等リポート2018」より筆者作成
(出所)世界不平等データベース「世界不平等リポート2018」より筆者作成

 このように、日米欧ともに一部の富裕層が所得のかなりの部分を占める状況は年々強まっており、中でも米国が群を抜いている。こうした状況をもたらした主な要因は、中間所得層の没落だ。WIDの「世界不平等リポート2018」によると、世界の成人1人当たりの所得の伸び(80〜16年)は所得の低い新興国で高い一方、先進国中間層の所得の伸びは低い水準にとどまっている(図2)。

 図2はゾウが鼻をもたげている形に見えることから「エレファントカーブ」とも呼ばれている。この図からは、中国をはじめ新興国が高い成長を続ける中で、先進国の中間所得層の仕事を奪う構図が浮かぶ。また、GAFA(米グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)のような巨大IT企業の勃興などにより、国境を越えて富が特定の層に集中しやすくなっていることも、中間所得層の没落を加速させている可能性がある。

日本も非正規があおり

(出所)総務省統計局「労働力調査」を基に筆者作成
(出所)総務省統計局「労働力調査」を基に筆者作成

 コロナ禍は日本でも雇用面の格差問題を浮かび上がらせた。総務省統計局が発表する労働力調査によれば、新型コロナの影響が最も大きかったと考えられる今年4月は、非正規労働者数が前年同月比97万人減となった。比較可能な14年以降で最大の減少で、今年3月の同26万人減を合わせると、2カ月だけで120万人以上の雇用が消失した。一方、解雇の条件が厳しい正規労働者数には現時点で大きな影響はない。

 つまり、急激な景気の悪化局面で、立場の弱い非正規労働者があおりを受けて雇用調整された形だが、平時でも正規と非正規の格差は一向に改善されていない。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」から試算すると、昨年の非正規労働者の時給は正規労働者の66・2%、09年は63・5%にとどまり、賃金格差はこの10年間でほとんど縮小していないことが分かる。

 このように富が一極集中して格差が拡大していくなかで、BIの議論に注目が集まるようになった。ただ、BIには財源などを含め多角的な議論が必要となるが、格差縮小のためというお題目のもと、幻想じみた期待感も寄せられていることには注意したい。あくまで重要なのは地に足の着いた議論なのである。

(森永康平・経済アナリスト)

(本誌初出 Q4格差の現状は? 新興国の成長や巨大IT勃興 中間層没落と富の集中が加速=森永康平 20200721)

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