経済・企業ベーシックインカム入門

ベーシックインカムはクリエイティブな脳を活性化させる=茂木健一郎

 <インタビュー「私が考えるベーシックインカム」>

 ベーシックインカムを支持する人の間でも、その目的や手法についての考え方はさまざまだ。財政や社会運動などの分野で幅広く活躍する4人の論者に聞いた。

(聞き手=市川明代/桑子かつ代・編集部)

── ベーシックインカム(BI)を提唱する一番の理由は。

■英国の心理学者、ジョン・ボウルビィが提唱した「セキュア・ベース(安全基地)」という概念がある。IQ(知能指数)は遺伝要因が半分で、後は後天的に育まれる。子どもが学んだり、挑戦したりするためには、心の安全基地が必要だが、親にも個性があって、全ての親が必ずしも子どもに安全基地を提供できるとは限らないので、社会的に保障する必要がある。

 BIはこれによく似ている。大人でも子どもでも、明日どうなるかも分からず生活に追われていると、ゆっくり自分の将来を考えたり、スキルや知識を身につけたりすることができない。BIは脳の発育や脳の創造的な働きへの「投資」と捉えられる。

── BIによって働くモチベーションがなくなるとも言われる。

■『種の起源』を執筆したダーウィンは、お金に困ったことがなく、生涯一度も仕事に就いていない。それでも進化について考えるクリエーティブな仕事をやめなかった。僕は英国に留学していたし、仕事で米国や欧州へよく行くが、何らかの経済的な裏付けがあって、何もしなくても1~2年は大丈夫、という研究者たちがいた。そういうところから文化やイノベーションが生まれるという実感がある。日本は日銭を稼がないと家賃も払えないような状況が当たり前になってしまっている。

出発点を再定義

── お金のあげっぱなしになってしまい、国全体の発展につながるのか、という懸念も指摘される。

■ジャック・マー氏が中国アリババグループを起業して中国の経済はすごく伸びたし、米テスラなどの創業者イーロン・マスク氏によって米国の宇宙開発もぐっと進歩した。でも、そういう人材が出てくるまでに何年かかるのかは誰にも分からない。とても息の長い話だ。国としてもある程度、覚悟を決める必要がある。

── イメージしているのは、BIがあればそれだけで生きていける社会か。

■BIは「ゼロ」を定義し直すということなのではないか。つまり、収入もなにもないところをゼロとするのではなく、月10万円もらうところが出発点になる。そこからどれだけ稼げるかはその人の才覚や努力次第、ということだ。

 現代はお金だけじゃなく、いろいろなものが生きていくうえで必要になっている。例えば、スマートフォンなどインターネットにアクセスできる環境がないと就職活動もできず、その環境があるかないかでその後の人生が大きく左右される。これからは、個人がインターネットにアクセスする環境も国が給付する時代になっていくのではないか。

(茂木健一郎・脳科学者)

(本誌初出 インタビュー 茂木健一郎 日々の生活に追われない 創造的な脳への「投資」 20200721)


 ■人物略歴

もぎ・けんいちろう

 1962年東京生まれ。東京大大学院物理学専攻課程修了。理学博士。クオリアを研究。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。主な著書に『脳と仮想』『今、ここからすべての場所へ』『脳内現象』など。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事