経済・企業ベーシックインカム入門

実現可能なベーシックインカム 「給付付き税額控除」とは何か=佐藤一光

     新型コロナウイルスの経済対策として一律10万円の給付が実現したことで、ベーシックインカム(BI)に対する注目が高まっている。生活に必要な現金を中央政府が一律・定期的に給付するBIは、「貧困の撲滅」や「働き方の改善」といったメリットも論じられているが、経済学者や財政学者の中では反対論や警戒論も根強い。その理由は、主に次の三つの点に集約される。

     第一に、BIが社会保障給付の切り下げを意味するのではないかという懸念である。現在の社会保障体系では、年金、生活保護、失業給付、児童手当・児童扶養手当といった現金給付が既に存在している。BIによってこれらの現金給付の水準が引き下げられたり、合算して据え置かれたりするのであれば、再分配政策(租税制度や社会保障制度などを通じ、所得格差を縮める政策)としては「後退」することになる。

     現行制度に問題がないわけではないが、受給者の置かれた状況に即して適切な給付を行うことを目的に作られている。BIのようにすべての人に一律に給付する「普遍給付」では、一人ひとり異なる受給者の状況にきめ細かく対応することはできない。しかも、現在の年金や生活保護の給付水準を維持したまま、BIを上乗せするのでは、納税者の理解が得られにくいというジレンマも抱えている。

    (出所)編集部作成
    (出所)編集部作成

     しかし、政府が社会保障の現物給付を保障するのは、そもそもこうしたサービスは市場で供給すると、それらのサービスを必要とする人々に十分に行き渡らないからである。市場に対人社会サービスの供給を委ねるとすると、BIを導入したとしても現物給付の体系を崩壊させ、むしろ社会に混乱を招くことになる。BIの導入で現物給付の質や量が向上したり、サービス生産に従事する人の雇用環境が改善したりすることもない。

    インフレへの恐怖

     第三に、インフレへの恐怖である。BIを現金給付の切り下げや現物給付の市場化を伴わない体系、すなわちいかなる歳出も削減せず、財政赤字の拡大によって設計した場合、一国の供給力が一定とすれば、需要だけが増大することになり、短期的にはインフレに帰結する恐れがある。物価上昇は資産を持たない低所得層ほど実質的に所得が目減りし、結局は低所得層に負担のしわ寄せが集中することになりかねない。

     このように、警戒されがちなBIではあるが、現金給付と租税負担を組み合わせて普遍的に給付するのは、必ずしも突拍子もない考えではない。その代表的な例が、主に欧米で導入されている「給付付き税額控除」と呼ばれる制度で、所得税の課税額より控除額が大きい場合、その分を現金で給付する仕組みである(図1)。

     この給付付き税額控除が導入された背景には、各国で広く採用されている所得税の基礎控除に再分配効果上、欠陥があるとの認識がある。所得税には一般的に基礎的な控除が存在し、日本でも2019年まで一律38万円の基礎控除があった(20年から所得に応じた控除に変更)。これは、課税によって生活が立ち行かなくなることを防ぐため、最低生活費には課税しないという考え方に基づいている。

     しかし、最低生活費の非課税=所得控除は、所得が高くなるほど税率も高くなる累進税率の所得税体系では、高い税率を掛けられる高所得層の基礎控除分も非課税となるため、高所得層により大きな利益をもたらす。また、非課税世帯のような低所得層は、そもそも基礎控除分を課税所得から控除しきれず、制度からほとんど利益を得られていない。こうした欠陥を抱えているため、所得控除の再分配効果は限られている。

    正確な所得捕捉が不可欠

     BIと給付付き税額控除は、異なる思想と問題意識を背景としているが、給付付き税額控除の再分配効果の有効性は多くの財政学者が認めている。社会保障の組み替えとしてのBIではなく、所得税の組み替えとしての給付付き税額控除であれば、賛同者はもう少し増えるだろう。ただし、給付付き税額控除の導入には正確な所得の捕捉が不可欠で、そのための体制整備などに課題は少なくない。

     日本の現行の租税体系には、他にも問題点がある。まず、株式の譲渡益などの金融所得が、他の所得と合算して税率を掛ける総合課税ではなく、別に一定税率を掛ける分離課税となっていることだ。金融所得の税率は20%(別途、復興特別所得税)であり、多くの金融所得を得ている超高所得層にとっては、累進税率が課せられないことから、所得全体でみれば租税負担率が低くなっている。

    (注)所得税の負担割合は2018年国税庁「申告所得税標本調査結果」を基に試算。社会保険料は年齢や住居によって負担が異なるため、標準報酬月額を中心に簡易的に設定した (出所)筆者作成
    (注)所得税の負担割合は2018年国税庁「申告所得税標本調査結果」を基に試算。社会保険料は年齢や住居によって負担が異なるため、標準報酬月額を中心に簡易的に設定した (出所)筆者作成

     また、年金や医療、介護の社会保険料も、徴収する年間の保険料に上限が設けられていることなどから、高所得層では負担が増えない仕組みになっており、低所得者ほど負担が重い。筆者が18年分の国税庁「申告所得税標本調査結果」などを基に、所得別の所得税と社会保険料の負担割合を試算したところ、所得が1億円以上の層から負担割合が下がっていく傾向が見られた(図2)。

     さらに、新たな財源として消費税の税率引き上げばかりが強調されるが、法人税や環境税、相続税といった重要な租税項目の検討が不十分だ。このような問題の解決を目的とする租税体系の再編の中に、給付付き税額控除が位置付けられるのであれば、それも一つの選択肢となろう。ただし、例えば所得税の控除と児童手当を給付付き税額控除として再編するにしても、新たな財源の確保は不可欠だ。

     我々の社会が抱えている問題は、お金を配れば一定程度緩和されるだろう。だがそれは必ずしも、問題の根本的解決にはつながらない。現金給付は万能ではない。人々のニーズを充足する対人社会サービスの拡充や失業の克服、物価上昇を自動的に抑制する財政上の仕組みといった政策も合わせ、幅広く検討していく必要がある。

    (佐藤一光・岩手大学人文社会科学部准教授)

    (本誌初出 本当に機能する? 反対・警戒論の三つの要点 「給付付き税額控除」が現実的=佐藤一光 20200721)

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