マーケット・金融とことんMMT(現代貨幣理論)

「MMT」は誤解されている 赤字容認より重要な「完全雇用」とは何か=佐藤一光(岩手大准教授)

    雇用をいかに生み出していくか(Bloomberg)
    雇用をいかに生み出していくか(Bloomberg)

     現代貨幣理論(MMT)への注目が高まっている。米国で民主党のアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員が支持したのを皮切りに、日本でも注目を集め、賛成・反対双方の論者がメディアなどで持論を展開している。もっとも、MMTには数十年にわたる議論の膨大な研究蓄積がある。政治的オピニオンに流されるのではなく、学術的蓄積に敬意を払って注意深く読み解く必要がある。賛否のいずれにしても、MMTの論理構成を正確に理解することが建設的な議論の第一歩となろう。本稿はMMTへの批判を念頭に置いて、その提唱者のひとりであるランダル・レイの考え方を解説する。

     レイの政策的主張は、失業率をゼロにすることが中心である。レイによれば、政府の財政赤字の水準を高めることで完全雇用を実現できるという。この考え方は経済学者のアバ・ラーナーの機能的財政(functional finance)という考え方に基づいている。機能的財政の考え方によれば、失業が存在しているということは財政赤字が少ない、すなわち租税負担が重過ぎるか、政府の支出水準が低過ぎることを意味している。

     この考え方はケインジアンの考え方に似ている。ケインジアンは不況の時に失業が増加するのは有効需要が不足するからであると考える。したがって、不況期には公共事業などの政府支出を増加させるか、減税を行うことによって失業を減らすことができるという。レイはこのケインジアンの考え方を発展させ、不況かどうかによらず、失業が発生しているのであれば、政府支出を増加させるか、減税をすることで完全雇用を実現できることを議論のスタートラインとする。

     そして、完全雇用の実現のための政府支出の方法は、働く意思のある全ての失業者に何らかの仕事を政府の財源保障によって提供するべきであるという。すなわち、政府が全ての失業者に対して一定の賃金での職を保証する、職の保障(Job Guar-antee)もしくは最後の雇い手(Employer of Last Resort、以下合わせてJG/ELR)によって完全雇用を実現可能であると主張している。

     JG/ELRの賃金水準について、レイは「均等基本賃金(the uniform basic wage)」が政府によって設定されるとしている。労働市場で提供される賃金はすべからくJG/ELRより高いことを踏まえれば、「均等基本賃金」とは実際上の最低賃金(effective minimum wage)ということになる。しかし、その水準の賃金では生活は苦しく、格差や貧困問題を十分に解決することができない。そこで、JG/ELRと合わせて年金、医療、介護、保育、教育などの社会保障のプログラムもセットで給付するべきであると主張している。

     これらのMMTの考え方に対して大きく分けると二つの観点から批判がなされている。第一に、完全雇用は実現不可能であるという批判、第二には、MMTの政策はインフレを引き起こすという批判である。

    論点(1) 完全雇用は可能か

     一般的なマクロ経済学では、政府支出の増大と減税を行っても完全雇用を実現することはできない。政府支出は租税か公債の発行によってその財源が調達される。機能的財政にのっとり、失業を少なくしようと財政赤字を拡大することは、公債の発行額を増大させることを意味している。政府が公債を発行することは、国内の貯蓄を吸い上げて、金利の上昇を招くため、民間投資の妨げとなる。財政赤字の拡大による経済の押し上げ・雇用創出効果は、民間投資の減少によって大なり小なり相殺されてしまうので、どれだけ財政赤字を拡大させても完全雇用は実現できないというわけだ。このことをクラウディングアウトと呼ぶ。

     もちろん、クラウディングアウトの効果がどの程度発生するのかについては、資金需要の状態に依存する。マクロ経済学では、資金が過剰供給で金利がゼロに近い状態ではクラウディングアウトが発生しない「流動性の罠(わな)」の可能性も考慮している。

     しかし、MMTの考え方では公債を発行して政府支出を増大させても、クラウディングアウトは発生しないという。レイによれば、民間の保有する貨幣は、元をただせば政府の支出によって流通が始まったものである。政府の支出した貨幣を、租税によって吸い上げずに金融資産のままにしておくのが公債ということになる。ストックの面から見れば、民間の金融資産(貯蓄超過)というものは政府による負債超過であり、それは財政赤字によって形成されている。民間に流通する資金は政府支出によって増加するので、むしろ金利は低下してクラウディングアウトは引き起こさないというわけだ。

     MMTが注目するのは政府支出が先にあって、それが租税によって後から回収される、という貨幣の流通過程である。それゆえ、一般的に考えられているのとは逆に、租税は政府の支出した貨幣を吸い上げ、金利を上昇させる。したがって、クラウディングアウトが発生するのであれば、それは租税によってということになるのである。

    論点(2) インフレは起きないか

     レイが主張するように、財政支出を増大させてもクラウディングアウトが発生せず、財政赤字の増加によって完全雇用が実現できるとして、それは財政破綻やインフレを引き起こすことにつながらないのであろうか。

     マクロ経済学では、失業率が下がるとインフレ圧力が高まると考える。失業率と物価上昇率の関係を表したものをフィリップス曲線といい、失業率がゼロに近づけば近づくほど物価は上昇するので完全雇用は実現困難だと考える。

     しかし、レイによれば財政赤字を増やす際に、JG/ELRという方法を使えばインフレ圧力が高まらないという。JG/ELRで雇用される人々は、働いていなかったとしても失業給付などを受けて生活が保障され、消費を行っている。だから、JG/ELRを行ったとしても総需要は変化しない。他方で、働いていなかった人々が生産に従事するようになるので、総供給は増加する。総需要が変化せずに、総供給が増加するのであれば、それはインフレ圧力ではなくデフレ圧力になる。

     したがって、一般的な失業率と物価上昇率との関係は認めたとしても、JG/ELRの下ではそれが成り立たないと主張しているのである(インフレが発生するケースは77ページ囲み記事を参照)。

     仮にインフレ圧力が高まったとしても、租税とJG/ELRにはインフレを沈静化させる自動安定化機能がある。すなわち、インフレ圧力が高まればおのずから税収が増えて、購買力を削(そ)ぐことになる。JG/ELR支出も減少して、財政収支は改善する。財政収支の改善は失業率の上昇を招く。その結果、相対的に高い賃金の職を得ていたものが、相対的に賃金の低いJG/ELRで雇用されることによって購買力が削られるとともに生産費用は低下することになる。こうして、インフレは沈静化するという仕組みだ。

     MMTは以上のような自動安定化機能を用いてインフレを抑制するべきであるとし、多少のインフレが起きたとしても、裁量的な増税や歳出削減を推奨しない。増税や歳出削減によってインフレを抑制できても、それは失業や格差、貧困をもたらすことによってである。このような事態を引き起こしてまでインフレと闘うべきではないのだ。

    論点(3) 財政破綻しないのか

     それでは、完全雇用がインフレに帰結しなかったとして、財政赤字を続けることは財政破綻のリスクを高めないのだろうか。国の財政赤字が拡大し、累積債務残高が積み上がり、金利が上昇する局面では公債価格が下落して、公債による財源調達が困難になるかもしれない。そうすると、人々は国債の保有を嫌がり、より国債価格が下落して金利が急上昇する。政府は高騰する利払いにばかり財源を向けるほかなく、増税と公債費以外の歳出を削減せざるをえず、緊縮財政の結果として国全体の経済も悪化する。これが、一般的な政府の財政破綻懸念論である。

     しかし、公債を自国通貨で発行している場合は上記のプロセスが発生することは考え難い。レイは、非民間部門である政府と中央銀行の会計を「連結(consolidate)」して考えてみればよいという。両者を合わせた統合政府を作る必要はない。

     仮に公債保有を民間が嫌がり、金利が上昇する局面では中央銀行が公債を購入して金利を抑制するはずだ。だから、金利が急上昇して国債が消化されないという事態はそもそも発生しない。金利が高騰して政府が財政破綻するような金融政策を、中央銀行は採用しないからである。中央銀行の政策目標を金利の急上昇の阻止とするのであれば、中央銀行が引き金を引かない限り財政破綻は発生しないということになる。

     それでは中央銀行はいつまでも公債を買い続けることができるだろうか。中央銀行が債務超過となって、政府より先に破綻してしまうことはないか。上述のように、中央銀行と政府の会計を連結して考えるのであれば、政府の負債である公債と中央銀行の資産である公債はバランスシート上相殺される。金利が上昇しようが下落しようが、公債価格が下落しようが上昇しようが、連結された非民間部門の会計には影響がないのである。

    論点(4) 赤字垂れ流し可能?

     レイの提唱するMMTとJG/ELRの論理は以上のようなものだが、数々の誤解を受けていると感じる。その最たるものは「MMTによれば財政赤字は垂れ流しても問題ない」との誤解だ。レイは、財政赤字の幅は失業率によって決定されるべきであり、政府が自由に決定できるものではないという。そして、JG/ELRによって完全雇用を実現するならば、その財政赤字はインフレを起こし難いのだと主張している。誤った理解に基づいて、財政再建派は財政規律の崩壊に警鐘を鳴らし、一部の反緊縮派は減税やあらゆる政策への財政出動を訴えている。

     だが、レイの主張するMMTは、総供給を拡大させるJG/ELRとセットで初めて論理が完結する。財政赤字という点では、例えば公共事業による財政出動も主張されている。しかし、一般的な公共事業は競争入札によって価格決定されるケースが多く、市中価格による雇用の創出となれば、最低水準の賃金で雇用するJG/ELRとは異なりインフレ圧力を生じさせるということなのである。

    (佐藤一光・岩手大学准教授)

    (本誌初出 疑問・批判・誤解に答える ランダル・レイ「原書解説」=佐藤一光 2019・6・25)


    【MMTの目標、基本的考え】

    the desired net nominal saving position of the population is higher than the actual net nominal saving position generated by the government’s deficit. …… the government can safely increase its deficit spending, lowering involuntary unemployment, to satisfy the excess desired net nominal saving of the population.

    (L. Randall Wray, Understanding Modern Money; the Key to Full Employment and Price Stability, Edward Elgar, 1998.=以下『Understanding Modern Money』P129~130)

    (非自発的失業があるということは、)人口に対して望まれる名目純貯蓄水準が、政府の赤字によって生み出されている実際の水準よりも高いことを示している。…(中略)…それゆえ、政府は安全に赤字支出を増加させることができて、非自発的失業を引き下げる。その赤字支出は、人口に対して望まれる超過名目純貯蓄を達成するものである。


    【完全雇用と物価安定】

    We will argue that stable prices and truly full employment are possible and, indeed, are complements……

    The government can guarantee a zero unemployment rate, meaning that all who are ready, willing and able to work at the going wage will be able to find a job - only those unwilling (or unable) to work at the going wage would be left without work

    (『Understanding Modern Money』 P121)

     我々は安定的な価格と本当に完全な雇用は実現可能であるし、実際のところ補完的であると考えている。…(中略)…政府は失業率ゼロを保証できる。つまり、現行賃金で働く準備も意思も能力もあるものは全て職を見つけることができるということである。現行賃金では働く意思(もしくはその能力)のないものだけが、職についていないままとなる。


    【インフレにならない理由】

    ELR might increase aggregate supply (or potential output) and thereby place downward pressure on prices, rather than causing inflation.

    (『Understanding Modern Money』 P133)

     最後の雇い手は総供給(潜在的産出)を増加させ、それゆえ、インフレを引き起こすのではなく、価格には引き下げ圧力が加えられるかもしれないのである。


    【雇用保障プログラムの総括】

    MMT is consistent with any size of government. It can be a small libertarian government if desired. But it issues a sovereign floating currency. It supports the currency by imposing a tax payable in that currency. ……

    A Job Guarantee/Employer of Last Resort is also consistent with any size of government. If you want a big private sector and small government sector, keep taxes and government spending low. That frees up resources to be used by the big private sector. But you will still need the JG/ELR program to take up the labor resources the private sector cannot fully employ.

    ( L. Randall Wray, Modern Money Theory; Primer on Macroeconomics for Sovereign Monetary Systems Second Edition, Palgrave Macmillan, 2015. P246)

     MMTはどのような大きさの政府とも整合的である。もし望めば、政府は小さなリバタリアン(自由至上主義)政府でありうる。それでも、政府は裏付けの不要な主権通貨を発行している。政府はその通貨で支払われるべき租税を賦課することによって、通貨を維持しているのである。…(中略)…

     JG/ELR(職の保障・最後の雇い手としての役割)もまたどのような大きさの政府とも整合的である。もし、大きな民間部門と小さな政府部門を望むのであれば、租税負担と政府支出を低く保てばよい。そうすれば資源は(政府部門から)解き放たれ、大きな民間部門で使われることになる。しかし、それでもJG/ELRプログラムは必要だろう。というのも、民間部門が完全に雇用できない労働資源を吸収する必要があるからだ。

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