マーケット・金融とことんMMT(現代貨幣理論)

私が意義を見いだす理由 MMTは新次元の政策 均衡財政主義の再考を=岡本英男

    (出所)編集部作成
    (出所)編集部作成

     福祉国家とその財政を研究テーマとしている筆者が、MMTの理論を本格的に研究し始めたのは2008年のリーマン・ショック後である。

     福祉国家実現には、完全雇用こそがもっとも有効な手段である。第一次・第二次世界大戦の元凶も、職がないことへの庶民の不満の高まりであった。職のない者を給付や税控除で救済するのも一手段ではある。しかし、国家による雇用保障は、国民に「自分が社会で必要とされている」という自尊心を醸成もできる。

     1940年代から、主権国家は雇用を保障する制度整備に努めた。しかし、80年代に米国レーガン政権、英国サッチャー政権が緊縮財政や国営企業の民営化など新自由主義的な政策を採った。日本でも中曽根政権が国鉄などの民営化を進めた。一連の流れは、雇用の拡大政策を民間投資刺激型に転換することであった。この結果、問われるのは、政府の雇用保障政策ではなく、個々人が雇用される能力を持つかどうかになった。

     米バードカレッジのランダル・レイ教授が彼の理論支柱となる『Understanding Modern Money』を世に問うた98年という時代は、民間投資刺激型の雇用拡大策が機能しないことが徐々に明らかになりつつあるころだった。機能不全が決定的に明らかになったのは08年のリーマン・ショック後である。民間に経済の活性化を任せていては、金融に過度に依存する。その結果、金融部門の資産バブルが起きたのは周知の事実だ。

     それでは、元に戻って政府主導の雇用創出政策に取り組もうとすると、そこにも財政赤字を絶対悪とするハードルが立ちはだかり、歳出を拡大できなかった。09年の欧州におけるユーロ危機では貨幣を発行する金融当局(欧州中央銀行=ECB)が財政権力を持たず、財政規律を重んじる欧州連合(EU)は経済危機にあえぐギリシャなどに緊縮財政を求めた。

    根本は「命令貨幣」

     本来、経済危機が起きているのならば、財政出動により雇用対策を打つべきだが、金融・財政の分離、財政当局の均衡財政主義から阻まれたのだ。筆者が英国で研究生活を送った10~12年にも、高い失業率と緊縮政策に不満を持つ若者のデモに遭遇した。英国でも、保守党主導の連立政権による緊縮予算政策のために有効な雇用対策を打てなかったのだ。この経験から筆者は、福祉国家の完成のためには、金融当局と財政当局が一体となって、完全雇用に必要な財政政策と貨幣政策を実行することの重要性を認識した。

     MMTにおける貨幣は、フィアットマネー(命令貨幣)である。フィアットマネーとは、主権国家が発行する権力を持ち、納税の際に受け取る貨幣である。「納税にはこの貨幣を使え」と命じるのだ。金など本位貨幣との交換を約束されている兌換(だかん)貨幣と対を成す概念だ。兌換貨幣は、発行量が中央銀行の保有する金量に束縛される。これに対してフィアットマネーの発行量は主権国家が経済の状況を見て決定する。政府は完全雇用実現のために必要な量のフィアットマネーを財政支出というかたちで発行する。まず歳出があるのだ。

     さらに言うと、フィアットマネーは国家債務である。その点では、公債を発行することによって歳出することと変わらない。

     主流の財政学ではまず歳入を確保して、歳出に充てるという財政均衡を目指す。租税は歳入確保手段なのである。これに対して、MMTにおいては歳出が先立つ。租税は市中のフィアットマネー量の調節手段である。

     すなわち、インフレの高進を感知する際に租税を増徴することで市中からマネーを引き揚げるのである。他に行き過ぎたインフレを止める方法として、長期国債を発行して金利を上げて引き締めることも有効である。租税の増徴や長期国債発行には裁量的な政策判断を入れる余地はなく、後述するように、インフレ許容範囲をあらかじめ明示することなどが必要だ。

    自動安定化機能も

     MMTに対しては、しばしばインフレ懸念が指摘される。しかし、インフレが問題となるのは、インフレ率が乱高下することであって、インフレ水準そのものではない。これは何もハイパーインフレを許容しているわけではない。

     ただ、最適なインフレ率は決してゼロではなく、かなりのプラスである。インフレで困るのは貯蓄のある資産家で、働く人の賃金が上がり、高齢者も年金が物価に合わせて調整されるので国民の大多数は困らない。ある程度のインフレが起きるとしても、完全雇用が達成される方が重要だろう。00年前後以降の日本で就職氷河期の問題が尾を引いていることが示すように、職に就けない状態が続くことの方が国民経済にとって、そして社会にとってはるかに大きな問題だ。

     MMTの政策の中心となる完全雇用プログラム(JGP)は不況時に大規模に支出され、フィアットマネーが大量に発行される。逆に好況時にはJGPは必要とされなくなり、財源のフィアットマネーも少なくなる。つまりJGP自体に、不況やインフレに対して自動安定化装置(ビルトインスタビライザー)の機能があるのだ。

     MMTへのもう一つの懸念として、通貨安が指摘される。しかし、通貨安は輸出増を喚起し、輸出増が進めば通貨安も一定程度で止まる。資産家が資産逃避をする可能性はもちろんある。それを防止するためにも、将来的には、フランスのトマ・ピケティ教授が主張しているような国際資産課税も必要だろう。

     ただ、通貨に関して言えば、各国が完全雇用を目指す中で適切なレートに落ち着くのではないか。各国が完全雇用を目指す世界では、経済移民も発生せず、その結果、排外主義は起きない。国民の大多数が希望を持って安定した生活を送りつつ、各国間では排外主義も、為替操作競争も起きない平和の礎ともなりうる。

     いかに総人件費を切り詰めるか、いかに為替操作をするかを念頭に置いた現在の経済構造とは決別した、別のパラダイムへの移行が現実になりうる。

    日本の課題にも示唆

     MMTが今日の日本に示唆するものは大きい。日本では00年代以降、都市再生特別措置法や法人減税などによって都市部・大企業・資産家は恩恵を受けた。しかし、地方・中小企業・低中所得者へのトリクルダウン(経済効果が滴り落ちること)はなかった。末端にまで経済の恩恵を行き渡らせる政策として、MMTは有効だ。筆者が提案するのは、国家の財源を地方へ再分配し、それをJGPの財源とすることだ。JGPの運営は地元のNPO(非営利組織)や企業が担い、地方で需要のある仕事(介護など)に人を充てることが望ましい。また、地方を活性化しうる仕事を創造するのも有効だ。

     ただし、すぐに日本で実行はできず、制度整備は必要だろう。政府と日銀の今以上の協力関係、あるいは間接的な統合政府とも言えるマネタリー・ファイナンスを可能とする法制度、それに加えてインフレ許容範囲の明示は必須だ。許容するインフレ率は国会で決めた方がいい。

     筆者も財政学者である以上、かつては福祉国家実現のためには、歳入を確保した上で均衡財政に近い形で運営するべきであると考えていた。だが、リーマン・ショック後、その考え方では社会課題に対応できないのを目の当たりにして以来、アバ・ラーナーやレイの理論の有効性、そして、その現代的意義を徐々に確信するようになった。

    (出所)財務省資料より編集部作成
    (出所)財務省資料より編集部作成

     図2でも分かるように、主要国では程度の差はあれ、赤字財政が常態であることが分かる。

     日本でも赤字財政が通常の姿である現実を認めた上で、経済の安定化、具体的には完全雇用実現のためには赤字財政の財源をどこから持ってくるのが望ましいかを真剣に検討をする時期に来ているのではないか。それには、小さな政府、金本位制、均衡財政こそが善というパラダイムとの決別が必要だろう。

    (岡本英男・東京経済大学学長)

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