アベノミクスを主導するリフレ派の立場からMMTとケルトン教授に異議を唱えた理由=浜田宏一(内閣官房参与)
ステファニー・ケルトン米ニューヨーク州立大教授を迎えたMMT(現代貨幣理論)の研究会で疑義を述べた浜田宏一・内閣官房参与に真意を聞いた。
(聞き手=黒崎亜弓)
―― MMTをどう評価するか。
浜田 財政赤字にそれほど目くじらを立てることはなく、国民生活が良くなるのならば財政支出はプラスだという議論に注目を集めた点では、MMTは社会に対して貢献している。
一方で、MMTの問題点は、放っておくとインフレになる危険があることだ。序盤と中盤では、ゼロ金利のもとで中央銀行は“政府のしもべ”として財政支出に対して貨幣を供給していればいいかもしれない。ただ、どこかで物価上昇に対する人々の期待ががらっと変わって、これからインフレになると思い始める。日本銀行の役割を抹殺しようとする点では極端な議論だ。
インフレ抑える日銀売りオペ
―― インフレ期待が急に変わる時にどう対処するのかは、これまで金融緩和により物価上昇を起こそうとするリフレ派も問われてきた。
浜田 その時には日銀の金融政策がある。我々が安定させたいのは、名目金利から期待インフレ率を引いた実質金利だ。日銀が保有国債を市中に売却する売りオペレーションを行うことで、名目金利が上がる。債券保有者は債券価格が下落して損失を被る。
インフレを抑え込むために、ポール・ボルカーFRB(米連邦準備制度理事会)議長の時代のように2桁の金利が必要になることは起こりうる。たとえば、ケルトン氏が首相になれば、国民は将来、4%のインフレになるだろうと思い始めるかもしれない。期待が変わるきっかけを作らなければデフレが終わらないのも確かだが、MMTではそのようにインフレ率に対する期待が跳ね上がる時にも、ただ財政拡張をやめるとする。果たして、それでインフレ期待を抑えられるのか。現代経済学やファイナンス理論は価格や金利に期待が与えるメカニズムを理解しようとしてきたが、MMTはその間の経済学の苦労を全く無視している。
ただ、あまりインフレへの懸念ばかり言うと、だんだん「岩石理論」(リフレ派は、金融緩和が物価の急騰を招くという批判を、「坂にある大きな岩=デフレ期待は動かそうとしてもなかなか動かないが、一度転がり出したら止まらない。だから動かさない方が良いのだ」という意味で岩石理論と呼ぶ)にも似てきてしまうのが悩ましい。今は、財政を少しでも拡大すればハイパーインフレになるという状態ではない。
―― 国が借金して減税や支出を行っても、人々がいずれまた税金を取られると思えば貯蓄するので、景気刺激の効果はないとされる。
浜田 これまで、その点が強調され過ぎてきたのが問題だ。これを指摘したリカード自身も、すぐ後で「人間はそれほど利口ではない」と書いている。人々はそれほど先見性があるわけではない。世代交代を想定した正統派の経済モデルでは、政府が借金を残す自転車操業をしたほうが国民が豊かになる場合がある。
それなのに、「経済主体が将来の徴税を予想して行動するのだから、財政は赤字であってはならない」という政策のフレームワークが出来上がってしまった。必ずしも均衡を保たなくても問題はない。その時、何が起こるかといえば、MMTを続ければ将来、物価が上がるかもしれない。
オリビエ・ブランシャールのような世界の正統派の経済学者にも、需要不足のなかで財政政策は有効であるだけではなく、財政拡張しても、金利が低いなかでは必ずしも将来世代に負担が回るとは限らないという考えが生まれている。
―― 今の日本に必要な政策とは。
浜田 アベノミクスの金融緩和で不必要な円高を是正することができた。
だが、量的緩和でリスクオフと言われる円への選好が高まることがあり、最近は前ほど顕著には効かないうえ、円安誘導と攻撃されかねないので限界がある。マイナス金利の弊害も明らかになってきた。金融政策だけではダメだとなると、財政を使うという考えにならざるをえない。
名目金利が名目GDP(国内総生産)成長率より低い状態が続いている。どこの国もそうだが、そうすると財政赤字が拡大しても、利払いのコストは大きくない。安倍内閣の方針のように、財政均衡より、将来世代の人的資本の充実の方が重要だ。
―― 成長率より金利が低い状況は続くのか。
浜田 続いている間は、財政を拡大してもいいということだ。
(本誌初出 インタビュー 浜田宏一・内閣官房参与 「MMTは極端だが、財政拡大の議論に貢献した」 2019・8・20)