経済・企業MMTでにわかに高まる財政拡大論

「コロナ後のデフレ」MMTなら解消できるのか ステファニー・ケルトン教授の来日講演を読み解く=黒崎亜弓

    衆議院第一議員会館で講演するケルトン教授
    衆議院第一議員会館で講演するケルトン教授

     財政拡大の理論的支柱の一つがMMT(現代貨幣理論)だ。そのスポークスマン的存在であるステファニー・ケルトン米ニューヨーク州立大学教授が7月中旬に来日し、シンポジウムや記者会見に臨んだ。

    「20年以上の間、2%の物価上昇率を達成できていない国で、記者の質問がインフレに関することばかりなのが興味深い」。ケルトン氏は記者会見の終盤、こうあきれた。

     MMTは「インフレが起こらない限り、政府は財政赤字にとらわれず完全雇用を実現するために支出するべきだ」と主張する。巨額の財政赤字はインフレを招く、というのはこれまでの経済学のいわば常識。質問の焦点となるのは当然と言えるが、ケルトン氏の目には「日本人は心配し過ぎ」と映ったようだ。

     ケルトン氏を日本に招くにあたって中心となって動いたのは、藤井聡・京都大学教授だ。松尾匡・立命館大学教授も顔を並べた。

     藤井氏は、2018年までの6年間、内閣官房参与を務め、公共事業を増やすよう提言してきた。松尾氏は、反緊縮の経済政策を掲げる候補者を認定する「薔薇マークキャンペーン」の代表でもある。先の参院選では、消費税廃止などを掲げた新政党「れいわ新選組」の比例候補2人をはじめ、認定候補者10人が当選した。

     安倍晋三首相のブレーンの一人だった保守派の藤井氏と、マルクス経済学に詳しい左派の松尾氏は、政治的スタンスは異なるものの反緊縮路線では一致する。さらに、シンポジウム翌日に開かれた研究会にはリフレ派の飯田泰之・明治大学准教授も登壇。ケルトン氏来日を機に、各種の財政支出肯定論者が結集する格好となった。

    インフレ=需給ひっ迫?

     ケルトン氏は、MMTについて2段階に分けて解説した。前段はMMTにおける貨幣と財政の仕組み、後段がそれを踏まえた処方箋だ。MMTの源流は過去の経済学者たちの学説にあり、決して異端ではないと強調した。

    ケルトン:政府は財源を必要とするから税を徴収するのではない。まず政府が支出しなければ、貨幣が発行されないので、課税できない。徴税の目的は財源の確保ではなく、インフレを起こさないよう民間の支払い能力を減らすことにある。政府の赤字は悪でも脅威でもない。雇用や所得上昇の手段として使えるものだ。

     では、インフレを起こさずに済むためには、政府はどう支出するのか。ケルトン氏の説明は、あくまでインフレは資源の制約を反映するものであり、実体経済において需要の過熱、供給の不足に基づくとの前提によるものだった。

    ケルトン:物価指数を構成するどの要素が上昇しているのかによる。住宅であれば低価格の住宅を建設するというように、インフレの源を把握した上で対策を取らなければならない。

     1970~80年代の米国のインフレは、ポール・ボルカーFRB(米連邦準備制度理事会)議長が高金利で断ち切ったと言われるが、石油危機のもとで原油価格の上昇が主導したインフレを、カーター大統領が天然ガス開発の規制緩和により終わらせたのだ。

     加えて、完全雇用を実現するための「雇用保障プログラム」はインフレ抑制の手段でもあるとする。

    ケルトン:インフレが起きたときに、国会が政策で機敏に対応することができないのはその通りで、MMTは自動的にコントロールしようとする。それが雇用保障プログラム(JGP)だ。職を求めているけれど見つからないという人に、政府を通じていつでも職が与えられる。民間はその賃金以上の額を支払わなければ雇用できないので、賃金水準も上がる。景気がよくなって他に職を見つけることができれば、政府支出は自動的に下がっていく。これは自動安定装置としてパワフルだ。

     ケルトン氏はMMTを「新しいメガネ」にたとえる。

    ケルトン:メガネを掛け替えてみれば、どう財源を調達するのかではなく、インフレを起こさずにどう経済にプラスとなる支出をするかが正しいアプローチとなる。

     ただし、このメガネには死角もあるようだ。研究会の質疑応答で、真っ先に手を挙げたのは浜田宏一・内閣官房参与だった。「MMTはいくつかの点でモデルが荒削りなのではないか」。物価や金利に対して、人々の期待(予想)が与える影響や仕組みといった経済学の蓄積を無視しているというのだ。

    金融政策が効かない理由

     もちろん死角があるのはMMTばかりではない。「MMTは主流派経済学の弱点をついている部分もある」。元日銀理事の早川英男・富士通総研エグゼクティブ・フェローは「MMTの主張には賛同できない」と前置きしつつ、こう指摘する。それは信用創造についての解釈だという。

     通常は、銀行は預金を元手に貸し出しを行い、信用創造がなされると捉える。MMTでは逆に「銀行が貸し出しを実行すると、同額の預金が生まれる」と捉える。裏付けとなる現金(預金)がなくても貸出先の口座に数字を書きこめばよいからだ。この信用創造論は、金融界では常識になっている。

     預金ではなく貸し出しが出発点だと考えると、金融政策の見え方も変わる。異次元金融緩和に際しては、「日銀が国債を購入してマネーを供給すれば、銀行はそれを元手に貸し出すので世の中に出回るお金の量が増え、インフレ期待が高まる」とうたわれた。「金融の実務家は、資金需要がなければ貸し出しは増えず当座預金が積み上がるだけだと疑問視し、実際にその方が正しかった」(早川氏)。

     MMTは、金融政策それ自体の効果について否定的だ。

    ケルトン:サマーズ元米財務長官が、過去3回のアメリカの景気拡大がすべてバブルで引き起こされたと述べていることに同感だ。なぜバブルが起きたかといえば、米国が中央銀行の金融政策への依存を高めたからだ。中央銀行に与えられている道具は金利しかない。利下げで借り入れを増やし、消費を支えるという構図だ。民間債務が膨らんで資産バブルが発生する経済成長は健全ではない。

     MMTにおける重要な主張は、金融政策より財政政策に依存すべきだということだ。財政は債務を増やすのではなく、所得上昇を引き起こすものだ。

     一方、かつて金融政策の有効性を唱えた主流派経済学者たちも、財政政策へとシフトしつつある。日本に積極的な金融政策を勧めたポール・クルーグマン米ニューヨーク市立大学教授は、2015年に「金融政策に限界があるなかで、財政政策は有効」と転換。今年1月には、元IMF(国際通貨基金)チーフエコノミストで、米経済学会会長を務めたオリビエ・ブランシャール米マサチューセッツ工科大学(MIT)名誉教授が講演で、米国を例にひき「名目成長率よりも金利が低い状況下では、財政赤字や公的債務のコストが小さい」として財政拡大を求めた。

    20年遅れの転向

     さらに、ブランシャール氏は5月には日本について「長期停滞に対し金融政策だけでできることには限りがある」として、消費税率引き上げの延期や出生率向上のための支出拡大などを主張した。

     このような経済論壇の「金融政策から財政政策へ」のシフトに、早川氏はあきれ顔だ。「流動性の罠(わな)のなかで金融政策は効かず、財政政策が有効ということは当たり前だ。何かこの20年間の理論の進歩を反映したものなのか」。

     日本が90年代からとらわれている流動性の罠(ゼロ金利制約)を、米国はリーマン・ショック後に経験したことが反映しているとみる。財政出動を正当化する根幹にも、成長率より金利が低く、債務が拡大しないことがある。

     MMTと主流経済学者で道筋に違いはあるものの、帰結が財政拡大である点では一致する。

     シンポジウムでは松尾教授が、欧米の反緊縮勢力を支える理論としてもMMTだけでなく、クルーグマン氏に代表されるニューケインジアン(新ケインズ主義)などが入り交じっていることを解説。自身は実質金利の効果を認める点でニューケインジアンの側にあるとしたうえで、「いずれの論も、不完全雇用のなかでは財政赤字でもインフレは発生しないと考える点で一致している。余計なことで対立するのはよくない」と述べた。

    何に財政を使うのか

     とすると、「なぜ財政赤字でもいいのか」という道筋より、むしろ、どのような形の財政支出ならば効果をもたらすのかの方が課題だろう。かつて日本で、需要喚起のために地域振興券を発行したものの、大半が既存の消費の置き換えに終わったという例もある。トランプ米大統領が進める企業・富裕層に対する減税がよいのか、消費税減税か、はたまたMMTの提起する雇用保障プログラムなのか。

    ケルトン:雇用保障プログラムでは育児、介護、環境など地域社会に必要な仕事のために雇う。連邦政府の予算で地方自治体が運用し、地域社会が足りないと思う職を登録しておく。

     この見解を聞くと、人々が常に必要とするサービス、たとえば医療や介護、保育といった社会保障は、インフレ次第、景気次第で削減され、民間市場での供給任せになってよいのかという疑問が浮かぶ。米国と日本では制度に違いはあるものの、公的サービスが恒常的に供給されるためには、MMTに沿って考えたとしても、その分の支出力、すなわち税金を集めることが必要ということになるのではないか。

     財政赤字が常態化した日本では、従来の財政均衡論がもたらす閉塞(へいそく)感から、MMTはじめ財政赤字を許容する論が共感を得やすくなっている。確かに、財政赤字を将来へのツケ回しだと考える多くの人が消費を抑制し、政府の赤字支出が現在の需要不足に拍車をかけているのは悪循環だ。

     一方で、財政赤字を肯定する主な論も、現在の「低インフレ」や「成長率>金利」を条件としており、財政に将来の制約が存在することに変わりはない。

     財政拡大では一致するとして、現在の需要と同時に将来の成長力にも資する支出はできるのか。財政の中身こそ重要だ。

    (黒崎亜弓・ジャーナリスト)

    (本誌初出 ケルトン教授が来日 保守・左派・リフレ派相乗り=黒崎亜弓 2019年8月20日)

    インタビュー

    週刊エコノミスト最新号のご案内

    週刊エコノミスト最新号

    12月8日号

    もうかるEV(電気自動車)、電池、モーター14 「電動化」が業績・株価を左右 「次の勝者」探しも活発化 ■神崎 修一/桑子 かつ代/斎藤 信世16 巨人の焦り トヨタから「自動車」が消える日 ■井上 久男18 自動車部品 日本電産が台風の目に ■遠藤 功治20 図解 EV用電池「国盗り物語」 ■編集 [目次を見る]

    デジタル紙面ビューアーで読む

    おすすめ情報

    最新の注目記事