経済・企業学者が斬る・視点争点

「国の借金=民間貯蓄」が成り立つのは「プライマリーバランス黒字」が条件=小林慶一郎(東京財団政策研究所研究主幹)

    麻生太郎財務相の直筆による財務省の新たな看板=東京都千代田区で2016年6月7日、井出晋平撮影
    麻生太郎財務相の直筆による財務省の新たな看板=東京都千代田区で2016年6月7日、井出晋平撮影

     現在は、家計の金融資産すなわち貯蓄が約1800兆円ある一方で、国と地方の長期債務残高は1100兆円余りだから、国内の家計貯蓄が究極的に政府債務を買い支える構造になっている。

    政府債務と家計貯蓄の関係
    政府債務と家計貯蓄の関係

    「国債<貯蓄」の条件

     政府債務が膨らんでいったとしても、必ずしも家計貯蓄を超えるとは言えない。このことは、次のような例を基に考えると分かる。

     今年、政府は国民から借金1000兆円をしていると仮定しよう。国民は貯蓄として政府の借用証書すなわち国債を1000兆円分、保有している。1000兆円の国債は国民にとっては資産である。1年たって金利1%がかかると、政府の借金は1010兆円になるが、国債は国民の資産だから、国民の貯蓄も1010兆円に増えていることになる。

     ここで、政府が借り換えを続け、国民も政府にお金を貸し続けることに同意するとしよう(国民は消費を増やすために国債を売ろうとは考えない)。すると、2年後にはさらに金利が増えて政府の借金は1020・1兆円、国民の貯蓄も同額の1020・1兆円となる。同じことが毎年起きるので、最初の年に国債の残高と国民の貯蓄が同額だったら何年たっても「国民の貯蓄=国債残高」が成り立つ。

     この例が示しているのは、国債が「金利分」だけ増えるのであれば、国民が貯蓄を取り崩しさえしなければ、国債残高が国民の貯蓄を上回ることはないということだ。国債が金利分だけ増えたら、国債は国民の資産でもあるから、国民の貯蓄も同額増える。つまり、「国債が国民の貯蓄総額を超える」心配はいらないのである。

     ただし、これが成り立つのは、いくつかの条件を満たした場合に限られる。まず、(1)もともとの国民の貯蓄が国債残高より多い、(2)国民が消費財やサービスを購入するために貯蓄を大幅に取り崩さない、(3)国民がほぼすべての国債を保有している──ことである。これらは今の日本で成立している。

     もう一つ、重要な条件として、(4)国債が金利分しか増えない、すなわち基礎的財政収支(プライマリーバランス)が黒字であることがある。

     基礎的財政収支とは、国債関係の項目を除いた政府の財政収支のことであり、借り入れ以外の歳入から政策経費の歳出を差し引いた収支を指す。基礎的財政収支が赤字だと、借り換えでは足りず、赤字を埋めるために国債を新規発行しなくてはならなくなる。新規の国債発行額が大きければ、国債残高はいずれ貯蓄を超えてしまう。例えば、新規の国債発行額が家計貯蓄の増加額を常に上回っていたら、国債残高は確実に家計貯蓄を超える。

     したがって、基礎的財政収支をゼロまたは黒字にすることが、「国債<貯蓄」が成り立つための重要な条件といえる。

     では、「国債<貯蓄」を維持し続けるために必要な、具体的な財政再建策は何か。国民は貯蓄を取り崩さないし、「国債<貯蓄」なら経済は安定的に持続可能であるという前提で考えると、財政再建の見通しが大きく変わる。

     政府債務の対国内総生産(GDP)比率(債務比率)を一定水準に抑えようとするなら、消費税率を35~60%にしなければならない、というのが経済学的研究の結論である(本誌2月12日号「視点争点」に関連記事)。

     これは政治的には実現不可能な提言である。債務比率を抑制するためには、基礎的財政収支を黒字にするのに加えて、国債の利払いと元本の削減の分まで、税収で調達しなければならないので、非現実的なほど大幅な増税が必要になるのである。

     これに対し、基礎的財政収支を黒字にするだけだったら、消費税率を15%にして、いくつかの現実的な歳出削減策を組み合わせるだけで実現可能だと思われる。これは政治的に極めて通りやすい政策提言である。債務比率の絶対水準を落とすことではなく、債務の増加を貯蓄の増加の範囲内に抑えるという債務膨張の「スピード調整」が財政再建なのだとしたら、現実的な政策によって財政再建は実現できるということである。

    総需要は所得で賄える

     国債が膨張を続けても、本当に国民が貯蓄を取り崩さないまま、経済が推移することは可能だろうか。それは可能かもしれない、と筆者は考えている。これも次の例を基に考えてみよう。

     まず、政府の借金1000兆円はすなわち国民の資産である。また、国民はみなコメを作る農民で、水田を所有しているとしよう。毎年、水田からは所得としてコメがとれる。国民は、コメの所得のほかに、金融資産として国債を持っている。

     ここで、その年に水田で取れたコメを消費すれば、国民は満腹して、それ以上の消費をする欲求は失われるとする。金融資産を持つことの満足感が消費の満足感を上まわれば、そうなる。すると、毎年、その年の所得のコメとちょうど同じ額のコメが消費され、金融資産の国債は取り崩されないまま残る。国債は金利分だけ増えるので、政府の借金と国民の貯蓄は、同じ額だけ増え続ける。

     この例が示していることは、国民が所得で得られる分の消費で満足する状況が合理的期待として作れれば国全体でみれば総需要(消費と投資)を賄うのに毎年の所得(民間資産からの収益を含む)があれば十分であり、国債の元利分まで貯蓄を取り崩す必要はないかもしれない、ということである。

     また、そのことが国民に広く認識されていれば、国債残高が金利分ずつ増え続けても、市場の信頼が失われて国債が投げ売りされるようなことは起きないだろう。

     基礎的財政収支を黒字化して債務膨張のスピード調整を行い、かつ、国民が総需要を賄うのに貯蓄を取り崩さなくてもよいと期待できれば、“数百年先に債務が安定する”という世代間の信頼を醸成できる。債務比率が上昇を続けても市場の安定は維持できるだろう。

    (本誌初出 債務膨張の速度調整で財政再建 鍵を握る基礎的財政収支の黒字化=小林慶一郎 2019年5月14日

    (小林慶一郎・東京財団政策研究所 研究主幹)


     ■人物略歴

    こばやし・けいいちろう

     1966年兵庫県出身。91年東京大学大学院修士課程修了(数理工学専攻)。同年通商産業省(現経済産業省)入省。98年シカゴ大学大学院博士課程修了(経済学)。2019年4月から現職。専門はマクロ経済学。

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