経済・企業コロナデフレの恐怖

サービス業に「デフレの波」 失業増で負のスパイラルも=桑子かつ代/市川明代

(出所)帝国データバンク
(出所)帝国データバンク

 <コロナデフレの恐怖>

「リーマン・ショックと比較する人がいるが、全く別次元。東京で40年間金融マンをやっているが、こんな経験は初めてだ」──。都内の飲食店や商店街の経営者ら、約4万人の組合員を擁する第一勧業信用組合の新田信行理事長は、コロナショック第1波のインパクトを振り返る。

「都内の料亭はほとんど取引があるが、この4月、5月はすべてのお店が閉まった。当然、売り上げはゼロ。リーマンや東日本大震災の時も『ゼロ』はなかった」(新田氏)。

 繁華街の売り上げが文字通り「消失」したことで、関連ビジネスも壊滅的な打撃を受けている。「3月末あたりから、みるみるうちに売り上げが減った。走っていて、恐ろしくなりましたよ」。4月初旬に600人規模の大規模リストラが報じられた都内のタクシー会社の元運転手の男性(66)は言う。従来は1勤務18〜20時間で5万円前後の売り上げがあったが、ショック後は1万円を切る日もあった。年金だけでは食べてはいけず、生活保護を申請した。

 明治38(1905)年に銀座で創業した不動産会社、小寺商店では管理ビルに入居するテナント30社程度から家賃について最大で半年間5割引き下げの要望があったという。児玉裕社長は「銀座が前のような姿に戻るかどうかは分からない」と語る。

倒産ペースが加速

 新型コロナによる企業倒産が加速している。帝国データバンクによると、関連倒産は6月2日現在で205件となった(図1)。注目すべきはスピードで、倒産第1号から100件目までの日数が61日だったのに対し、101〜200件目は35日と2倍のペースに加速しているという。全国企業倒産件数の伸び率も1月、2月は前年同月比で2%台で推移していたが、4月は16・4%と大幅に悪化した。

 岡山県倉敷市では、幕末の1860年に創業した老舗企業「とら醤油」が5月に経営破綻した。皇室へ献上するほどの格式がある企業だが、納入先の飲食店が休業する中、売り上げが急減したことが響いた。

 過去の経済危機と違うコロナショックの特徴は、「外出規制」「営業自粛」という形で、人為的にモノ・サービスの需要を奪うことにある。それが、日本のGDP(国内総生産)の7割を占めるサービス業に深刻な打撃を与えている。

 小売店のPOSやクレジットカードの決済情報などを基に独自の経済統計を算出する「ナウキャスト」(東京都千代田区)によると、1月後半から5月後半にかけ、モノの消費は8%減少したのに対し、サービスは49%減少した。サービスでは、外食が68%、交通が55%、娯楽が60%、宿泊が93%、旅行が94%減った。小売りでは、百貨店が74%減ったほか、衣服なども16%減少した。外出頻度の減少により、服飾への需要が減ったのが背景にある。

 企業の間では業績悪化を受けて人件費削減の動きが広がっている。東京商工リサーチによると、今年1〜3月に早期・希望退職者を募集した上場企業は23社と前年同期の11社の2倍超となった。1〜3月に20社を超えたのは13年以来、7年ぶりだ。免税店のラオックス(東京都港区)が3月に募集した160人の早期退職には約110人から応募があった。サッポロホールディングスは早期退職応募の申請期間を延長するなど、雇用への影響が広がっている。

(出所)内閣府「消費動向調査」を基に編集部作成
(出所)内閣府「消費動向調査」を基に編集部作成

 問題は、仮に新型コロナが終息しても、モノやサービスによっては、需要が「コロナ以前」まで戻ることが見込み薄なことだ。4月に売上高が前年比7割減だった高島屋は5月18日から営業を徐々に再開したが、少人数での来店やマスク着用など顧客への制限が続いている。政府は新規感染者数の減少を受け、5月25日に緊急事態宣言を解除したが、消費の先行きについては悲観的な見方が大勢だ。消費者の消費マインドは、リーマン・ショック時を下回っている(図2)。

 これには、二つ要因がある。一つは、新型コロナの特性だ。ウイルスへの免疫を作るワクチンの開発には、2年程度がかかると見られているうえ、その効果も不明だ。一旦終息しても、何度も感染拡大の波が訪れ、そのたびに、経済活動が阻害される公算が高い。

 二つ目は、今回のコロナショックを契機に、テレワークや電子商取引が急拡大し、それによって消費者の意識ががらりと変わったことだ。

(出所)ローランド・ベルガーの資料を基に、編集部作成
(出所)ローランド・ベルガーの資料を基に、編集部作成

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 ローランド・ベルガーの福田稔パートナーは、「不要不急度の高い衣料や外食をはじめ、消費の量は全体として減る方向に作用する」と予想する(図3)。エコノミストの間でも、「急速に雇用が悪化しており、消費したくても消費できない状況。食料品などを除けば、全般的にデフレ圧力は強い」(ニッセイ基礎研究所の久我尚子・主任研究員)と見る向きが多い。

恐怖のシナリオ

外出自粛で人出が減った銀座 (Bloomberg)
外出自粛で人出が減った銀座 (Bloomberg)

 コロナによる影響はすでに飲食業や宿泊業を中心に雇用に表れ始めている。総務省が29日発表した4月の労働力調査によると、完全失業率(季節調整値)は前月比0・1ポイント上昇の2・6%と17年以来の高水準となった。SMBC日興証券の牧野潤一チーフエコノミストは「コロナ・ショックで100万人の雇用が減り、失業率が3・5%に1ポイント程度上昇する可能性がある。その場合、雇用者所得は7兆~8兆円減る」と分析する。雇用や所得が減れば、消費が減り、景気や物価が一段と落ち込む。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの小林真一郎・主席研究員は、「今のような状態が1年間も続くと、デフレスパイラルに陥る可能性がある」と「恐怖のシナリオ」を懸念する。

 出口はないのか。答えの一つは「経済のデジタル化」だ。福田氏は「コロナは消費者や労働者の意識を大きく変え、企業や行政の変革を促す」と強調する。久我氏も「診療や学習塾、フィットネスなど、従来は『対面』が当たり前だった分野まで、オンライン化された。遅れていた日本のデジタル化が一気に進む可能性がある」と指摘する。IT企業のガイアックスは、箱根芸者とのオンライン飲み会サービスを5月22日から開始した。

「コロナで就職に対する意識が変わった」と話すのは、都内の大学から地方企業への就職を決めた星野谷尚樹さん(21)だ。オンラインの就職活動では、北海道や九州の学生と同じテーブルに。「東京と地方の格差が縮まると実感した」と言う。

 そうした中、就職支援会社から紹介されたのが静岡県三島市の加和太建設だった。リクルート出身で家業を引き継いだ河田亮一社長(43)に将来の起業の夢を語ると、事業のIT化を担う新設部署への配属を約束してくれた。「ここならきっと、自分自身が成長できる」。大型連休が明けてすぐ、就職の意思を伝えた。

 第一勧業信用組合の新田理事長は、「コロナには『未来へのチャンス』という意味もある」と語る。コロナは日本の社会や経済構造を変える潜在力も秘めている。

(桑子かつ代・編集部)

(市川明代・編集部)

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