「黒田バズーカではインフレにならない」MMTはインフレをこう考える=佐藤一光(岩手大准教授)
現代貨幣理論(MMT)に対しては、合理的期待(rational expec-tations)形成を支持した論点から批判が寄せられる。合理的期待形成とは、黒田東彦総裁の下で日銀が実施している異次元緩和など、現在の日本の経済・金融政策の背景にある考え方だ。
人間は将来起こるであろうことを合理的に予想するものだ。予想によって形成される「期待」のコントロールこそ経済・金融政策の真の目的となる。例えば中央銀行が貨幣を刷り続けたらどうなるだろうか。古典的な貨幣数量説に基づけば、貨幣を刷るほど供給過多となり、貨幣価値は下がり、インフレとなる。このことは貨幣を刷ることで金利を低下させ、経済を刺激することができるということと裏と表の関係にある。
ところが、金利がゼロに近くなると「流動性の罠(わな)」という状態が発生し、中央銀行は貨幣供給を行ってもそこから先は金利を引き下げ、インフレ圧力を生むことができなくなる。そこで考えられたのが、合理的期待形成に基づく非伝統的金融政策である。
貨幣を刷り続けていれば、いつかはインフレが起こるかもしれない。重要なのは人々が「インフレが起こるかもしれない」と考える予想であり、この期待インフレ率が上昇することによって、名目金利がゼロであっても実質金利を引き下げ、経済を刺激することができると考える。だから、日銀の政策は2%の物価目標を実現するまで質的・量的緩和を続けるという「コミットメント」が重要なのである。
総需給こそが物価決定
しかし、MMTによれば、物価変動はあくまでも実体経済の総需要と総供給によって決まるという。そこでは、合理的期待の要素は重視されない。この考えに基づけば、インフレが生じるのは(1)在庫不足により価格が上昇する「デマンドプル型」か、(2)JGP(Job Guarantee Program=雇用保障プログラム)を採用しない財政赤字や、(3)JGPの最低限の賃金ではなく市場価格に基づいた賃金を政府が支払って完全雇用を実現するか、(4)JGPを採用していてもJGPの減少よりも速いスピードで雇用改善が進むときの、賃金・原材料価格・租税等の費用の上昇で価格が上昇する「コストプッシュ型」に限られる。
同じ合理的期待形成の考えを使いながらも、金融政策の有効性を主張した非伝統的金融政策とは異なり、財政赤字を発生させる財政政策が無効であると主張するのは「リカード=バローの中立命題」だ。中立命題によれば現在の財政赤字は将来の増税を意味する。人々は、時には世代を超えて、将来の増税に備えて現在の消費を抑制することになる。したがって、公債発行による歳出や減税政策は意味がないとする。
だが、MMTでは財政赤字は民間部門に貨幣を供給するために常に必要であるという。それゆえ、将来、過去の債務返済に充てるための増税はない(予想されない)のであるから、現在の消費は減ることはなく、中立命題は成り立たないのである。
(佐藤一光・岩手大学准教授)
(本誌初出 MMTは合理的期待を重視しない=佐藤一光 2019・6・25)