経済・企業ベーシックインカム入門

イタリア、スペイン、スイス……海外ではベーシックインカムがすでに導入されている=田中理

    反政権運動「黄色いベスト」の参加者らが警察とにらみ合いを続けた=仏東部ストラスブールで2019年5月11日、賀有勇撮影
    反政権運動「黄色いベスト」の参加者らが警察とにらみ合いを続けた=仏東部ストラスブールで2019年5月11日、賀有勇撮影

     危機は時に平時では不可能と思われた政策議論を可能にする。新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、欧州の学者や政策関係者の間で、ベーシックインカム(BI)への関心が高まっている。スペインやイタリアでは収入源を断たれた多くの市民が教会やボランティア団体の炊き出しに列をなしている。経済活動停止による所得減少の打撃を軽減するうえで、現金給付を通じて国民に最低限の生活を保障する政策が見直されている。

     スペインの左派政権は今年6月、一定の所得に満たない約85万の世帯に、世帯構成に応じて月額462〜1015ユーロ(約5・6万〜12・2万円)を支給する“最低生活所得”を開始した。これは1月の連立政権発足に際して、連立パートナーの急進左派ポデモスが主張した政策を部分的に取り入れたものだ。ポデモスは政治腐敗や格差問題に抗議する市民運動を源流とし、欧州債務危機後の2014年に誕生した。

    イタリアも「市民所得」

     BIの導入機運は他国でも高まっている。イタリア、スペイン、ポルトガルの閣僚は5月、欧州の主要紙に連名で寄稿し、社会・経済上の打撃を軽減するため、汎(はん)欧州の最低所得制度を構築する必要性を訴えた。英オックスフォード大学が3月に27カ国の欧州市民を対象に行った調査では、約1万2000人の回答者の71%がBIの導入に賛成した。

     欧州ではコロナ危機の発生以前からBI導入の是非が検討されてきた。グローバル化と技術革新に取り残された労働者の所得低迷や不安定な就労形態の拡大、相対的貧困世帯の増加、人工知能に職を奪われるとの不安を背景に、旧来型の福祉制度が必ずしも貧困や不平等の解決につながっていないとの問題意識がある。

     これらは英国のEU離脱やフランスの燃料価格高騰と燃料税引き上げが発端となった反政府抗議運動「黄色いベスト運動」であらわとなった“市民の怒り”にも通じる。イタリアでは18年に誕生したポピュリズム政権が、収入や保有資産が一定額に満たない居住世帯に対して、求職活動の実施と求人の受け入れを条件に、世帯構成に応じて年6000〜1万2600ユーロ(約72万〜152万円)を給付する“市民所得”を導入した。

    (出所)各種資料より第一生命経済研究所が作成
    (出所)各種資料より第一生命経済研究所が作成

    一律でなく所得制限

     スペインやイタリアの政策導入事例は厳密にはBIと呼べない。個人ではなく世帯単位で給付し、一律給付ではなく所得制限を設けている。受給条件を満たさない人や、制度の存在を知らなかったり、恥辱感から申請を断念する人を救うことはできない。また、制度の受給者が低賃金の職に就くとかえって所得が低下するため、就労が阻害され、「貧困の罠(わな)」からも抜け出せない。

     BIに付き物の批判が財源をどう捻出するかだ。両国の事例でも、主に予算面での制約から所得制限を設ける形に落ち着いた。中途半端な形でBIを導入した場合、期待される政策効果が得られない可能性がある。BIの実現には、制度設計と政策効果の十分な検証、他の福祉制度との一体的な改革、幅広い国民の理解と支持が必要と考えられる。

    (田中理・第一生命経済研究所主席エコノミスト)

    (本誌初出 Q5海外の状況は? 欧州 スペインで「最低生活所得」導入 7割「賛成」の調査結果も=田中理 20200721)

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